小話:其の六拾七《見ちゃダメっ!(仮題)》
【鏡を見よう】
《見ちゃダメっ!(仮題)》
とある時代の、とある国の、とある町の、とあるスーパーマーケットの入り口の横にある駐輪場を兼ねた駐車場に、夕飯の買い物を終えた親子の姿がありました。母親は右手で我が子の手を握り、左手に大きく膨らんだ買い物袋を持ち、そして買い物という戦いからの解放感を味わうように、器用に口の端でタバコをくわえて紫煙を吹かしています。子どもは、買ってもらった風船ガムをくちゃくちゃしています。
あとは自転車に買い物袋と子どもをのせて帰るだけなので、母親はさして急ぐこともなく、我が子の手を引いて、自らの愛機が停めてあるところまで歩を進めました。
ほどなくして、愛機のところにたどり着きます。
自転車の後部のカゴに買い物袋を積み、子どもを前カゴ兼子供用座席に乗せようとしたとき、母親は我が子が妙におとなしくしていることに気がつきました。ガムをくちゃくちゃしながら、ある一点を凝視しているように見えます。なにか子どもの興味を引くモノでもあるのかしら、と考えながら、母親もそちらへ視線をやってみました。
――転瞬。
「見ちゃいけませんっ!」
はっ、として母親は我が子の視界を手でさえぎりました。視線をやった先に、停めてある車の中で若干淫らな雰囲気を漂わせていちゃついている若い男女の姿があったのです。
なんてモラルのないっ! と頭の中で怒りながら、母親はくわえていたタバコを吐き捨てて足で踏み消しました。そして、子どもの教育によろしくない、汚らわしくすらあるこの場から速やかに去るために出発の準備を急ぎます。我が子を自転車に乗せようと抱っこしようとしたとき、おとなしく“こちら”を見ていた我が子の口から風船ガムが地べたに“落ちてしまいました”。やれやれと思いつつ、母親はかまわずに子どもを自転車に乗せます。
――そんな親子の姿を見ている眼差しが、ありました。
「見ちゃいけませんっ!」
はっ、としてその親は我が子の視界を手でさえぎりました。視線をやった先に、停めてある自転車の横で、子どもの目の前だというのにタバコを吐き捨てて足で踏み消す女性の姿があり、そしてその女性の行動をマネるように口からガムを吐き捨てる子どもの姿があったのです。