小話:其の六拾六《しゅみ(仮題)
【リアリティー溢るる至上の娯楽】
《しゅみ(仮題)》
とある時代の、とある国で、ある凄惨な事件が起こってしまいました。
それを起こした犯人である可能性が濃厚なひとりの男が、容疑者として速やかに確保されました。
各メディアは、迅速にそのことを報じました。そして同時に、容疑者の“個人情報/人物像”が公開されてゆきます。
マンガが好きなこと、アニメが好きなこと、ゲームが好きなこと、ヒトと話すことが苦手なこと、小・中・高校生時代の卒業文集に書かれた将来の夢、――などなど。
各メディアも、それを視聴した人々も、誰もが、この容疑者こそが真犯人であると確信している暗黙の空気が生じていました。
一週間ほどが経過しました。
そして誰もが、「ウソだぁ」と胸の内で言いました。容疑者の潔白が、一切の揺るぎなく証明されたのです。
その日を堺に、各メディアはパタリと“ある凄惨な事件”に関することを報じなくなりました。
容疑者とされた男は、まったく歓迎されていないとわかるご近所からの空気を肌に感じながら、久しぶりの我が家の扉をくぐりました。
男は一息ついてから、蓄積した鬱憤を解消するために、“もっとも好きなこと”に興じることにしました。
その興じる過程で、男は自分がご近所の方々からどのように見られ思われていたのかを知りました。
――そして。
「やっぱり、か」
各メディアが、自分の“暇つぶし程度に好きなこと”に関しては熱心に報じているのに、自分の“もっとも好きなこと”に関しては一切報じていないことを知りました。
「各メディアの“よくできた”報道を知るのが、人生最高最上の、生き甲斐と言ってもまったく過言じゃない“好きなこと”なんだけれどなぁ……」
* * *
他者に対してそれなりに面白味があるふうを装って物語ることに、
必ずしも“絶対の真実”は重要ではない。
いかに良心的に“向こう側の人々”をだますか、あざむくか、
いかにそこから“面白さ”を創出するか、
しばしば“それ”を重視し、
――“そこ”に注力する。