小話:其の六拾四《ちょうじん(仮題)》
【自分の道を信じて歩くヒト】
《ちょうじん(仮題)》
ふたりのヒトがいました。ひとりのヒトは、流行の最先端をとり入れた身なりをしていました。ひとりのヒトは、流行の“り”の字も感ぜられない身なりをしていました。
「どうです、今年の流行の最先端をとり入れた、私のファッション。自分で言うのもアレですけれど、なかなかとてもよろしいでしょう」
身なりを誇り見せつけるふうにして、最先端のヒトが言いました。
「そうですね。とても素晴らしいと思いますよ」
お世辞ではなく素直に、流行の“り”の字もないヒトは応じました。
「でしょう? それで、その、あえて述べさせてほしいのですけれど」
「はい?」
「私のファッションを素晴らしいと感じれるのに、どうしてあなたは、その、あえてハッキリ述べますけれど、どうしてあなたは、そんなに独創的過ぎる――その、ダサい身なりをしているんです?」
流行の“り”の字もないヒトは、しかしとくに怒るでもなく応じます。
「今年の流行の“共通の”最先端も、来年の今頃にはきっと流行遅れの“共通の”ダサい身なりと言われてしまうでしょう? ですから私は、流行遅れの“共通の”ダサい身なりではなく、流行遅れじゃない“私だけの”ダサい身なりをしているのですよ」