小話:其の六拾壱《すばらしい(仮題)》
【“そんな空気感”だから――】
《すばらしい(仮題)》
とある時代の、とある国の、とある街の、とある美術館に、鑑賞した人々から必ず絶賛される“ある作品”がありました。
そしてふたりの男が、その“ある作品”の前に立っていました。美術館ですから、作品を鑑賞するヒトの姿があるのはなんら不自然なことではありません。ただ、いまは、閉館時刻をとっくに過ぎた頃合いです。
「さて、じゃあいただくとしようか」
ひとりの男が言いました。
「ああ、いただくとしよう」
もうひとりの男が応じました。
ふたりの男は、目前にある“ある作品”に魅せられ、それを独占したい欲に囚われた者たちでした。ネットを通じて知り合い、“ある作品”を自分たちだけのモノにしようと意気投合し、いまに至ります。
――そして。
ふたりの男は、“ある作品”を盗み出しました。ふたりが念入りに計画した結果であり、美術館の警備が予想外に“お粗末”だった結果でした。
ふたりの男はアジトへ戻り、ついに独占した“ある作品”を贅沢に鑑賞します。
――が、ふたりの男は「あれ?」という“ある奇妙な感覚”を味わいました。それはどうやらお互い同じようなモノであると確認し、どうしたものかと首をひねります。
しばしの時を消費して。
ふたりの男は、“ある奇妙な感覚”を解消するための方法を考案しました。
速やかに、それを実行します。
* * *
とある時代の、とある国の、とある街の、とある駅の前で、ふたりの男が“あるモノ”を道行く人々に見せてまわっていました。
その“あるモノ”を見せられたヒトたちの反応は、様々でした。あるヒトは不快そうに眉をひそめ、またあるヒトは吐き気を堪えるように眉をひそめ、またまたあるヒトは不快そうにしつつも鼻の下を伸ばして、またまたまたあるヒトはしげしげと興味深げに眺めます。
ふたりの男が見せてまわる“あるモノ”というのは、一糸まとわぬ“裸のヒトたち”が水遊びをしている“絵/イラスト”でした。
「だんだん自信がなくなってきた。この“絵/イラスト”に、盗み出すほどの価値はあったのかな?」
ひとりの男が言いました。もうひとりの男がそれに応じます。
「んんー、むしろオレは、この“絵/イラスト”そのモノの価値というより、この“絵/イラスト”に対する“ヒトの価値観”の価値がよくわからなくなってきたよ」