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小話:其の六《待ち惚け(仮題)》

 自分の左腕を、そこにある腕時計を凝視する。

 秒針の動きがこんなにも怠惰だったとは、まったく苛立たしい新発見だわ。

 緩慢な時の流れから、忙しないヒトの流れに視線を移す。

 目標発見と苛立ちまぎれと暇つぶしを兼ねて、人間観察なんてことをやってみる。

 普段はあまり引いた視点から観察することのない駅の改札口という所は、改めて見ると、なかなかどうしてバラエティーにとんだ人々で溢れていた。

 あきらかにカツラを装着しているだろうと思われる不自然な髪のサラリーマンに、いっそいさぎよくバーコード頭なアロハを着たチャラいオッサン。

 改札にパスモをタッチさせろとせがむ男の子に、パスモを握らせたはいいが、もたつく我が子が為に後ろが詰って若干焦る母親。

 改札になんの恨みがあるのか IC カードタッチパネルにカバンを叩きつけている OL ――カバンの底にパスモでも仕込んでいるのかしら?

 きっぷ挿入口にパスモを突っ込もうと苦戦するおばあちゃんに、その背後で苛立たしげにご老体を睨む学生服――睨むくらいなら助言してあげれば手っ取り早いのに。というか何故にこういう時って隣の改札へ軌道を変えるという発想が瞬時にできないのだろう。隣はスッカスカなのにおばあちゃんの後だけ渋滞して大人気だ。

 すると不人気なお隣の改札を通過しかけていたハードロックというかデスメタルな恰好の若者が、パスモの使い方をサクッとご老体にアドバイスする。おばあちゃんは明らかに若者の外見に引き気味だったが、助言を聞くと、自分の間違いを恥じるような笑みをたくさんのシワと一緒に顔へ浮かべてお礼を言い、手提げ袋からラップに包まれた紅白まんじゅうを取り出してデスメタな若者に手渡す。デスメタな彼は、見てるとこっちの気分まで清々しくなるような素晴らしい笑顔でそれを受け取った。

 ヒトはファーストインプレッション/外見で、他人の“ひととなり”を九割がた決め付けてしまうらしいけれど、やはり人は外見だけで推し測れるほど単純ではないようだ。

 見習うべくは見習い、改めるべくは改めよう。

 そんな決意表明を、心の中でしてみる。

 と不意に、

「おっ……ん?」

 視界の隅を、駅という場所において珍しいモノがすまし顔で横切った。

 しっぽをピンと天に突き立てて、気位の高い貴婦人のような足取りで改札口へと向かうのは、

「ねこ?」

 それは果たして一匹の薄汚れた白猫だった。

 ネコも人間文明の利器たる電車に乗って遠出したりするものなのだろうか。

 というか、わがもの顔で改札を通過しているけれど、あれで電車に乗り込んだら、

「ねこでも無賃乗車になるのかしら?」

 とても気になるところではあるけれど、きっと天上天下唯我独尊なネコ様には人間の法より毛づくろいの方が重要であろう。それとも実はちゃんと切符を買っていたりするのだろうか?

 そのへんどうなの、と心の内で訊ねてみる。

 すると白猫は改札を過ぎたあたりで立ち止まってこちらを振り返り、鬱陶しいとでも言いたげなぶっちょう面を見せてくれた。

 何故だろう、むしょうに白猫の後を追いたくなってきた。

 この胸の高鳴りは、このソワソワした感じは、なにかこう……ジブリアニメ的な面白くて楽しいことに、あの薄汚い白猫が巻き込んでくれるような期待感というか予感というか。

 つきに来たか私のところへ!

 みたいな根拠もなく意味もわからない、自分でも謎なこの感覚は――

 しかし抑え込み断ち切らねばならない。

 約束があるから。

 待ち合わせをしているから。

 両手を広げて極上の娯楽が私を迎えてくれているというのに、それを無かったことにしなければならないとは……

 これは私を待たせる罪深き者に罰を与えてやらねば――

 そんなわけで、

「けっ!」

 と唾を吐き捨てるように向き直り、駅構内へと去り行く白猫へ、

「よい旅路を」

 心の声で別れを告げつつ、私を待たせる愚か者にいったいどんな刑罰を科してしんぜようかと思案を開始する。


 そして暇つぶしにもあきたころ。

 ヒトの流れを見やりつつ時風の経過に身をさらしていると、怒りは次第に不安へと形状を変えてゆく。

 なにか事故にでも巻き込まれたのではないか、とか縁起でもないことが脳裏を過ぎる。

 群集の流れから外れた形容し難い孤独感。

 置いていかれるような言いようもない不安感。

 その二つは私に、嫌な想像を真実であるかのように語りかけてきて、惑わし――

 なんかもう泣きそう――な状態に私が陥り始めたころ、救いを求めるように改札の向こう側をさまよっていた我が眼差しが、気の抜けた炭酸飲料みたいな存在をとらえた。

 向こうも私に気がついて、とけかけたアイスクリームのような緩い微笑みを浮かべてこちらへと歩んでくる。

 不覚にもつられて顔面の筋肉が弛緩してしまった。

 いけない。私は速やかに気を引き締め、怒髪天を突くような表情を作る。

 そして目前へと満を持して登場しおった“頼りない”という単語を寄せ集めて産まれたに違いない私を待たせし罪人へ、

「お・そ・いっ!」

 ビシっ! と心臓を串刺す勢いで人差し指を突きつけてやる。

 我が憤怒を目の当たりにした彼は、

「えっ……」

 と背後にある駅の据え付け時計を見やり、

「一応、約束の十分前だけど」

 ナマイキなことに言い訳なんかしてきた。

「なにが十分前だけど、よっ! 私は一時間十六分――」

 腕時計で改めて時分秒の精確さを確認してから、

「――二十三秒も立ちっぱなしだったんだからねっ!」

 どれほど重くて深い罪状かを宣告してやる。いろいろな想いを込めた眼光のオマケ付きで。

 なにか物申したそう表情で、しかし「それは、申し訳ない」と眉尻をガックリ下げる罪人の腕をとり、

「まったく、本当はおんぶして欲しいくらい脚が棒だよ――」

 歩みを開始しつつ、

「――それでさっ」

 と、私を待たせた制裁措置として“質問攻めの刑”を執行することにした。

 とくと困り顔を見せるがいい。

「好き」と一言聞かせてくれるまで、やめてあげないから。

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