小話:其の五拾九《四月一日(仮題)》
【*****です】
《四月一日(仮題)》
とある時代の、とある世界が、その日、とても穏やかになりました。
世界中で叫びを上げていた銃火器はその口をつぐみ、ヒトの怒号も、ヒトの嘆きも聞こえてきません。
お腹を空かせて声を上げることすらできないヒトの、訴えかける無言の眼差しも一切、見あたりません。
その日、世界から一切の例外なく争いの火種が霧消しました。
その日、世界から一切の例外なく空腹がなくなりました。
満腹になった世界で、昨日まで殺し合いをしていた人々は、お互いを理解するための食事会をおこないました。最初はぎすぎすした空気もありましたが、いっぱい食べて、いっぱい飲んで、満腹になる頃には、そこにいるみんなが、相手も自分とそう変わらないヒトであると気がつくことができました。
「どうしてオレたちは、必死になって“あんなこと”をしてたんだろう」
食事会に出席したひとりの男が、昨日まで兵士であったひとりの男が、ぼそりと呟きました。
「本当、どうしてだろうな……」
隣に座っていた、昨日まで戦士であったひとりの男が応じました。
重たい空気がそこに落ち――そうになった刹那、お酒を飲んで酔っ払ったひとりの男がおもむろに服を脱ぎました。
食事会の会場にある人々の眼差しが、その男に向きます。
「ふぉのすふぁらふぃいひふぉばしゅぷしてっ!」
酔っ払いの男は、宣誓するように手を上げてなにかを大きな声で述べてから、いきなり腹踊りを始めました。
――それを見て。
昨日まで兵士だった男は困ったふうな笑みを浮かべ、昨日まで戦士だった男はくだらないもっとやれと声を上げて笑います。
そしてひとしきり笑ってから、昨日まで戦士だった男はふっと真面目さのある笑顔を浮かべ、手に持っている酒の入ったグラスを高らかに掲げて、言います。
「今日が昨日じゃないことに、乾杯っ!」
* * *
想像した“嘘”は、
創造して“真”にすることができる。
少なくとも確実に、
そうしようと努力することはできる。