小話:其の五拾七《美しき(仮題)》
【“それ”は売っている】
《美しき(仮題)》
とある時代の、とある国の、とある街の、とある駅の前の広場の木製のベンチに、数歩引いた地点から“それら”を観察するようにしている男の姿がありました。まったく清潔とは言えない身なりをしています。
「うわぁ、やだぁ、見てよ“アレ”、やだ、やだ、ばっちい」
駅の前の広場で待ち合わせしていると思しき若い女が、ベンチのほうを指差して言いました。最新の流行を敏感に取り入れた見目麗しい身なりをしています。
「うわぁ、ホントだぁ、なに“アレ”。あ、やだぁ、こっち見た」
一緒に待ち合わせしていると思しきもうひとりの若い女が、一瞬だけベンチのほうに視線をやって応じました。最新の流行を敏感に取り入れた見目麗しい身なりをしています。
――そして。
ふたりの若い女は、それぞれ手に持っている携帯電話を忙しなくいじりながら、お互いに目を合わせることなく言葉を交わして、駅の前の広場から去ってゆきました。
ベンチに座って“それら”を観察するようにしていた男は、自分がなにか言われていることに関して認識していましたが、とくに気にしたふうもなく“流れ”を見やっていました。
高級そうな黒のスーツを身にまとったひとりの男が、ベンチに座る男に近づき、
「“先生”、またそんな汚い身なりをして……」
感心とあきれの混在する音声で言いました。
ベンチに座る“先生”と呼ばれた男は、
「こうすると“モノ”がよくよく見えるようになるからな」
言って、愉快そうな笑みを浮かべます。
「“先生”には“なに”が見えているんでしょう」
黒のスーツが、素朴な流れで訊きました。
「見目を麗しく演出する美しい装飾品は、金で買える。しかしいくら“身なり/外見”を整えたところで、そこにある“中身/本性”は“そのまんま”――。いやはや千里眼も度肝抜かれるほどよく見える。見えすぎてもはや興奮すら覚えるくらいだ」
ベンチに座る“先生”と呼ばれた男は、
「どうだい? キミも一度やってみるというのは?」
面白いと感じた“映画/書物/遊び”を薦める気さくさで述べました。
黒のスーツは、満面の笑顔を浮かべて応じます。
「確かによさそうではありますが、私は“先生”の作品に触れることがなによりの、そりゃあもう興奮を覚えるくらいの楽しみですから。――“先生”がいますぐ速やかに次の作品の制作に戻ってくだされば、もう言うことなしですよ」