小話:其の五拾五《そういうもの(仮題)》
【じつに“らしい”】
《そういうもの(仮題)》
とても凄惨な事件がありました。それを知った人々は、とても心を痛めました。
そして、それを凶行した犯人が、ついに捕まりました。
そのことが、あらゆるメディアを通じて報道されました。
犯人が捕らえられている警察署に、人々が集いました。
集った人々は、奇妙な熱気と共感と連帯感と“ある感情に由来する衝動”に突き動かされ、警察署になだれ込みました。人々は、凶行した犯人の姿を、獣の眼をして探します。
しかし犯人の姿は、もうすでに警察署にありませんでした。“なにか”が起こりそうな空気を敏感に察した警察署側が、裏口からこっそり安全な場所へ護送していたからです。
人々が警察署になだれ込んだことを聞かされた犯人は、
「ほら、やっぱり。誰だって“気に喰わない存在”があったら“そう”するのですよ」
憎たらしいほどの訳知り顔をして言い、
「わたしのことを“人間じゃない”とおっしゃる方々がありましたけれど、これで証明されました」
そして、ある“小さな輪”に帰属できたことを喜ぶヒトの微笑みを浮かべます。
「わたしは、まぎれもなく人間だ」