小話:其の五拾壱《さかな(仮題)》
【美食家は“美味”を欲す】
《さかな(仮題)》
ひとりの男が、ギターをかき鳴らしていました。整った見てくれをしていたので、ギターを鳴らすその姿は、なかなか栄えています。
そんな男の前に、ひとりの女性の姿がありました。度数の強い酒を何杯も飲んだあとのような表情をしています。
――そして。
男はギターを鳴らし終えました。全力をそそいでいたので、全身から汗が噴出していますが、煌めく“それ”は、この場においてはカッコよさを演出する要因でしかありませんでした。
「キミにぃ! 言いたいことがあるぅ!」
男が微妙にイントネーションのずれた言い回しで、目前の女性に言葉を投げました。
女性は、なにかを期待する煌めく眼差しで肯き、それを受け取ります。
「キミもぉ! このギターのようにぃ! オレのゴッドフィンガーに鳴らされてみないかあああぁ、いっ!」
終止符を打つように、男は「いっ!」の最後にギターを鳴らします。
女性は、頭から冷や水を浴びせられたヒトのように、煌めきの失せた醒めた眼差しで男を見やり、
「…………」
言葉もなく去ってゆきました。
* * *
とある時代の、とある国の、とある町の、とある小汚くて狭い居酒屋に、店主を除いてふたりの男の姿がありました。整った見てくれをしている男と、整っているとは言い難い見てくれをした男です。
「ちくしょおおお!」
つい数時間前までギターをかき鳴らしていた整った見てくれの男が、叫びと共に酒をかっ喰らいました。速やかに空になったジョッキを、胸の内の代弁者としてガツンとテーブルに叩きつけます。
「どおおおしてっ! どおして、どいつもこいつも女はオレに振り向かないんだぁ! ちくしょおおお!」
と嘆く男の“本日の出来事”を聞いた、整っているとは言い難い見てくれの男は、
「まあ、まあ、ほら、飲もう飲もう」
と、なだめるように肩をポンと叩きつつ、どうして彼が女性に振り向かれないのか、だいぶ以前から容易に心当たりがついていました。場の雰囲気に対する“言葉/ユーモア”の選択を間違えている、と。――しかし、あえて教えることはしていません。
「くそおおお!」
と叫び一発、また酒をかっ喰らう男を見やりながら、
「お前と一緒だと――」
心当たりを持つ男は、
「じつに“うまい”酒が飲めるよ」
そよ風のような微々たる音声で述べ――
最高級の酒の肴を嗜む美食家のような上品さで、安価な蒸留酒をなめました。