小話:其の五《想う気持ちは――(仮題)》
神とは絶対的な傍観者/観測者であり、あらゆる事柄を静観し続ける無関心な存在である。
ゆえに“救いの神”とは、ヒトの心が産み出す“究極の逃げ道/救い”でしかない。
神は肯定も否定もせず、ただ静観し続ける――
とある辺境の村に男と女がいました。
二人は将来を誓っていましたが、時代の流れは時に無情です。
戦争が始まりました。
戦況は過酷を極め、ついに辺境の村にまで徴兵の魔の手がのびました。
男は最前線に送られることになりました。彼と彼女は最後の日に約束を交わしました。
女は自分の父親の形見たる剣を男に手渡し、
「これは私にとって大切なものです。必ず、必ず返してください」
聴いた男は一つの花の種を女に手渡し、
「この種に花が咲く頃、私は約束を果たそう」
言い、男は戦場へ。
その日から女は毎日欠かさず花に手入れし、そして村の教会へも欠かさず祈りを捧げに足を運びました。
それから幾たびもの季節を越えて――
――ついに、あの種は花を咲かせました。
しかし、彼は帰ってきませんでした。
それでも彼女は彼を信じ、花の手入れと教会への祈りを続けました。
そしてまた、幾たびもの季節を越えて、あの種は花を咲かせました。
彼女が教会で祈りを捧げている時です。ついに彼は約束を果たしました。
剣を必ず返す――
――その約束を。
女は三日三晩、教会で涙を流し続けました。
そして、神に問いました。
「何故、何故、あなたは私から大切な人を奪うのですか。父の時も彼の時も……。何故です、何故なのですか」
神は彼女を不憫に思い、問いに答えました。
「いつの時もお前の大切を奪うのはヒトの手であろう。一度でも我がヒトの大切を奪ったことがあるか?」
「ああ神よ、あなたは偉大にして無情なのですね。私はもう生きてる意味など無いというのに」
「生きる意味など個々の認識でしかないのだがな。しかし、それほどまでにあの男に会いたいというのなら、一度だけ会わせてやろう」
神がいうと、彼女の剣が神々しい光を放ちました。
彼女はあまりの眩しさに眼を瞑ってしまいました。
そして、眼を開けられる程に光が弱まった時、彼女は希望を見ました。
眼の前に、彼が居たのです。
彼女は思いの限りに彼の胸に飛び込みました。
そして、彼と一つになったまま、彼女の時は止まりました。
誰かを想う気持ちは、時に想像を超える強い力をうむ
不可能を可能に変えてしまうほどの
あるいは狂気的な理解し難いほどの
教会の神父が私用から戻ってくると、そこには――
祈る姿勢のまま、白銀の装飾剣に胸を貫かれている一人の女が居りました。
彼女はとてもとても幸せそうな表情で、最後の時を迎えたのでした。
あの戦争から八十年後の春の日の出来事でした。