小話:其の四拾九《おそるべきもの(仮題)》
【いつだって“それ”をおこなうのは、“わたくし達”】
《おそるべきもの(仮題)》
とある時代の、とある国の、とある街の、とある道を、“あなた”は歩いていました。“しかるべきところ”で“しかるべきこと”を済ませた、いまは帰路の途中です。
突然に。
不意打ち的に。
薄汚れた身なりをした男が、進路をふさぐようにして“あなた”の前に出現しました。“あなた”は華麗なる動作でスルーしようとしましたが、
「なあ、オレの話を聞いてくれよ」
男は意思を持って、“あなた”に道をゆずろうとしません。
どうにか回避しようと、“あなた”は無音無動作の攻勢に打って出ます。
しばし、静かな戦闘が繰り広げられました。
――が、男には一切の隙がありませんでした。
結果的に、“あなた”はいたしかたなく耳を貸すことにしました。
「こんな身なりしてるから、きっと察しているだろうけれど、オレ、なにも食べてなくてさ、もう三日以上でさ、ものすごく空腹でさ」
男は、けれどさして悲壮感もなく言って、
「そうしたらさ」
歓喜するように、
「“核兵器よりも強力なモノ”をさ」
満面の笑みを浮かべて、
「所持することになっちゃってさ」
優越感に溺れているヒトの雰囲気で、そう述べました。
そんな話を聞いた“あなた”は、意を理解できていないヒトの表情をします。“核兵器より強力なモノ”がいったい“なに”であるのか。そもそも“そんなモノ”を、この“なにも持っていないふうな身なりの人物”が所持しているのか。
――と、“あなた”が懐いた疑念は、じつに一方的で唐突な“まったく歓迎できない事態”によって解消されます。
男が、一本のナイフを取り出しました。
男は、不特定多数のヒトと共存するための価値観を持ち合わせていないヒトの顔をしています。
――“躊躇わないナイフ”の切っ先が、“あなた”を捉えます。