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小話:其の四拾六《すくい(仮題)》

【安全圏からは、しばしばその矢を射る】

《すくい(仮題)》


 ある国の、ある街の、ある小規模な映画館で、悪党に母親を殺されてしまった十一歳の女の子が父親と共にガチでヒトを殺しまくる場面の描かれた映画が上映されていました。その映画は、好みが大きく分かれるところですが、なななかの高評価を得ているコメディ寄りの作風の作品でした。

「……はぁ」

 その映画を観た、ひとりの女性客が暗い顔をして溜め息を吐きました。

「おもしろくなかったですか?」

 女性客の隣にたまたま座っていた、まだ幼さのある少年が、訊きました。

「……いいえ」

 と女性客は首を横に振ってから、

「評判通り、なかなかおもしろかったわ」

 その表情からして、どうにも信憑性に欠ける返答をしました。

「そうですか? こう言ってはアレですが、おもしろいと思っているヒトの顔には見えませんけど」

 少年は遠慮がちに述べました。

「映画全体というか、映画自体は、とてもおもしろかったわ。でも」

「でも?」

「まだ幼い十一歳の女の子がヒトを殺しまくるのは、そうせざるおえない状況に追いやられて、そうしてしまうのは、救いがなくて、見ていて複雑で、ね」

「そうですか……。ですが、最後は、父親と、途中で出来た仲間と、笑い合える平穏な暮らしを手に入れた場面が描かれていたじゃないですか」

 少年の意見に、女性客は納得できていないヒトの苦い表情を浮かべます。

「ひとつ、言わせていただいてもいいですか?」

 少年が、至極真面目な顔をして言いました。

「なにかしら?」

「じつは、ボク」

 少年は言い辛そうに口を数回、言葉なく開閉してから、

「とある国で、ヒトを殺していたんです」

「え?」

「ある日、ボクの住む村に反政府組織のヒトたちがやってきて、銃を撃って、ヒトを殺して、ボクの家族を殺して、ボクを連れ去って、ボクを革命戦士にしたんです。ボクは革命のために、革命の邪魔をするヒトたちを銃で撃って殺したんです。男も、女も、老人も、お腹に赤ちゃんがいるヒトも、ボクと同い年くらいの子も、ボクより年下の子も、いっぱい殺したんです」

 少年はそう述べて、女性客の目を見やりました。

「そ、そうなの」

 女性客は血の気の引いたふうな顔をして、

「なんというか……その、大変だったんでしょうねぇ」

 理解あるヒトの引きつった微かな笑みを浮かべ、

「このあと、約束があるから」

 まるで待ち合わせの時間を気にするヒトのように、なにもない左腕を見やって、

「そろそろ、失礼するわね」

 そそくさと手荷物をまとめ、足早に去ってゆきます。

「そうですか、それは残念。――では」

 少年は女性客が扉の向こう側へ消えるのを見届けてから、

「あなたが救いがないと言った映画ほどの救いも……。ボクの知る現実にあるのは――」

 女性客が座席に残したモノへ手を伸ばし、つかみとり、

「食べ残しのポップコーン」

 それを口に放り込み、

「むぐむぐむぐむぐ」

 食べました。


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