小話:其の四拾四《野放し(仮題)》
【なにごとにもバランス感覚は重要】
《野放し(仮題)》
とある時代の、とある国の、とあるショッピングモールのいっかくに、とあるモノが販売されていました。そのいっかくは、他のモノとそのとあるモノを区分して販売するための専用コーナーでした。
子を連れた母親が、とあるモノの専用コーナーを横切りました。そして整然と大量のとあるモノが販売されている光景を目の当たりにして、ある思いを懐きました。そして行動しました。
子どもが健全に育つために、とあるモノが野放しにされ氾濫しているこの惨状をどうにかしなければならない、と近所のヒトや母親友達に芝居役者のごとく感情豊かに語ってまわりました。
とあるモノを所有することは憲法によって国民に保証された権利である。そもそも今現在だってきちんと厳しく区分販売されている。現場を見てから本当に氾濫しているのか判断してほしい。――という意見もありましたが、子どものためですから彼女は屈しませんでした。
そしてついに、彼女の訴えはカタチとして実りました。
とある時代の、とある国の、憲法によって国民が所有する権利が保障されていた“銃器”の販売が厳しく規制されました。
とある時代の、とある国の、とある港の、とある倉庫の中に、“銃器”の販売が厳しく規制されることを心待ちにしていたヒトたちの姿がありました。
「いやー、まさにビジネスチャンスだ」
ひとりが嬉しそうに言いました。
「ああ、まったくだ」
ひとりが嬉しそうに同意しました。そして、側に置いてある木箱を愛おしそうになでます。その木箱と同じようなモノが、倉庫の中に大量に積まれてありました。
「どんなに厳しく規制したって、規制した瞬間と同時に欲する者が根絶されるわけじゃないんだ。むしろ、厳しい規制のおかげで規制対象の価値が上昇する。欲する者が存在する限り、こりゃあいい商売だよ。本当、規制を厳しくして需要と供給の管理のバランスを崩してくれたヤツには心から感謝するよ。おかげで規則を破る“うま味”が増したんだから」