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小話:其の四拾弐《賛美と誇張(仮題)》

【ウソも偽りもある作り話】

《賛美と誇張(仮題)》


 冷静さを失った言動は、

 しばしば自らの首を絞める。


          *  *  *


 とある時代の、とある国の、とある街の、とある路地裏に、“なにか”から逃れるように走っているふたりの人影がありました。

 ひとりは、けっして清潔とは言い難い風貌の男性でした。背中に、大きくはないけれど重量感のあるリュックを背負っています。

 ひとりは、けっして清潔とは言い難い風貌の女性でした。胸の前で、雑誌ほどの大きさの封筒を大事そうに抱えています。

 ふたりは、路地裏から表の通りに出ました。目前に、中規模の書店がありました。ふたりは互いの顔を見やり、会話するよりも意が通じ合っている目で見つめ合い、そして真摯な表情で、ひとつ首肯し合いました。――ふたりは、目前の書店にその歩みを向けました。


          *  *  *


 とある時代の、とある国の、多彩な表現がおこなえる自由ある文化の、その一部から生まれたモノの中に、とあるマンガがありました。読んだ者をどきどきわくわくさせて感動させる、夢と友情と熱い戦いの描かれた、ロマン溢るる作品でした。

 そのマンガの主人公は、“夢/ロマン”を追い求めて大海原へと乗り出した“海賊”でした。“海賊”たちでした。様々な出会いと別れを経験して成長してゆく彼らの姿は、多くの人々に支持されました。

 いつしか、歴史に名を残すほど売れた世界的人気作品となっていました。


          *  *  *


 とある時代の、とある国際社会は、とある深刻な問題と戦っていました。国際社会の経済活動に不可欠な交易海路の安全を脅かす、国際社会の経済活動に大きな打撃を与える、“海賊”と戦っていました。


          *  *  *


 とある時代の、とある国で、青少年の健全な判断能力の形成と育成に関する事柄を理由に公権力が“表現/創作/意の発信”に対して力を行使できる“決まり”が作られました。賛成派と反対派による突っ込んだ意見交換も議論もなく、それがどういうことなのか民衆が詳しく理解することもなく、ぬるっと作られました。


          *  *  *


 とある時代の、とある国の、とある街の、とある書店の、マンガコーナーのいっかくに、ふたりの人影がありました。

「そういえばさー」

 ひとりの、いくぶん幼さの残る若い男が言いました。

「ん? なあに?」

 ひとりの、いくぶん幼さの残る若い女が応じました。

「いつの間にか、あの海賊のマンガさ、新刊なかなか出ないなぁと思ったら、最近じゃあ既刊も見なくなったよね」

「ああ、そういえば……。結局、あのクライマックスな展開の続きは、どうなったんだろうね」

 そんなやりとりをするふたりの背中に、

「続き、読みたいかい?」

 少々息切れしたふうのある音声が言いました。

「「え?」」

 ふたりが驚いたふうに振り返ると、そこにはけっして清潔とは言い難い風貌の男性と女性の姿がありました。

「じつは、いまここに“その続き”があるんだ」

 サプライズするヒトの微笑みある表情で男性が言って、それに呼応するように側らに立つ女性が胸の前で抱えていた封筒を差し出しました。

 若い男と若い女は、訝りつつも“それ”を受け取り、中身を見てみました。そこには、マンガの原稿がありました。いましがた話していたクライマックスな展開の続きが、描かれてありました。ふたりは、当たり前の疑念を懐きました。――が、いつしか描かれてある内容に引き込まれて“それ”を読んでしました。


          *  *  *


 とある時代の、とある国の、とある街の、とある路地裏に、“なにか”を追うように走っている複数の人影がありました。

 黒のサングラス、黒のスーツ、黒の革靴、という黒で、それぞれ全身を潔癖的に固めています。

 複数の黒は、路地裏から表の通りに出ました。目前に、中規模の書店がありました。複数の影の中のひとりが、スーツの袖のところに隠された小型の無線機で“どこか”と短いやり取りをしました。それから他の複数の黒に、言葉なく“手信号/ハンドサイン”を示しました。――複数の黒は、目前の書店にその歩みを向けました。


          *  *  *


 しっかりと読み終えてから、若い男と若い女は、率直な疑問を口にしました。どうしていまここに“続き”があるのか、と。

 問われた男性は、なんでもないことのように、じつにあっさりと答えました。自分が“それ”の作者だから、と。

 しばし無言の間を置いてから、

「「――へっ?」」

 若い男と若い女は声をそろえて、

「「ええっ!」」

 とても素直に驚きを表しました。

 その反応に、作者の男性と、その側らに立つ女性は、愉快そうな微笑を浮かべました。

「「……あの」」

 若い男と若い女は、少々ためらいつつも再び率直な疑問を口にしました。どうしてとても売れていたのに新刊どころか既刊の姿すら見れなくなってしまったのか、と。

 作者の男性と、その側らに立つ女性は、互いの顔を見合い、苦そうな微笑を浮かべました。

「もしかしたら知っているかもしれないけれど――」

 作者の男性は、そう前置きをしてから、ある“決まり”が作られたことを述べました。そして、その“決まり”に、“自分の描いた作品/海賊のマンガ”は引っかかってしまったのだと教えました。悪質な犯罪である海賊行為を賛美し誇張するような描かれかたのされた表現物である“海賊のマンガ”は、青少年の健全な判断能力の育成に悪い影響を与える、という公権力側が述べるところの理由によって。――また、国際社会の一部から、国際社会が団結して“海賊の問題”と戦っているのに、海賊行為を賛美するような“モノ”を世界に広めるのは不謹慎である、と批難されたことも少なくなく影響していると。

「…………それって、……つまり」

 若い女は軽い頭痛を堪えるヒトの表情をして、

「あたしたちが“あのマンガ/作り話”の影響を受けて、“海賊”は“いいものだ”って考えるようになって、“海賊”を本気で志すようになったりして、もしかしたら“海賊”になっちゃう“危険性/可能性”があるから、ってことですか?」

 確認する口調で言いました。

「んな! どれだけ“青少年/ボクたち”を“無知/バカ”だと思っているのさ、それ。――それぐらい、善し悪し判断できるよ。――というか、そもそも“モノ”を強制排除するまえに、判断できるよう学校と家庭で教育したらいい話じゃん。――なんかヘンだよ。というか取り組む順番を間違えてるよ」

 若い男が、不満そうに言いました。

「“いまここにいるキミたち”は大丈夫、“かもしれない”。――けれど“どこかにいる誰か”は大丈夫じゃない、“かもしれない”」

 作者の男性の、その側らに立つ女性が落ち着きある口調で述べました。

「「――え?」」

 若い男と若い女は、そろって問うように眉根を寄せました。

「“決まり”を作ったヒトに、あなたは“このマンガ/作り話”の影響を受けて“描かれている好ましくない行為”を実際にやってみたいと思いましたか? って訊くと決まって返ってくる言葉です。――“自分”はやりたいなんて思いません、でも“誰か”はやりたいと思う、“かもしれない”。――だから、“決まり”で律する必要があるって」

「それって、もうただの疑心暗鬼じゃないですか……。そもそも、どうして、こんな“決まり”が作られちゃったんですか? 誰も反対しなかったんですか?」

 若い女が、心の底から不思議そうに問いました。

 作者の男性と、その側らに立つ女性の顔には、そろって、また、苦そうな微笑がありました。

「もちろん、反対する意見はあったよ」

 作者の男性は疲れたヒトの顔をして、

「――でも、“決まり”は作られた」

 深い後悔の念が滲む音声で、

「反対するヒトも、賛成するヒトも、お互い“自分”が“正義”だと信じて疑わなかったったんだ――」

 経験者としての意を、どこか“希望のようなモノ”を込めて話します。

 お互い自分こそが“正義”という考えが先にあり、ゆえに対する“意”との対立は、“敵/よくわからない怪物”と戦うというような空気を持つようになり、次第に冷静さを欠いて、時に汚い言葉を用いて叩き合って、ネガティブキャンペーン的なことになり、結局まともに話し合うこともなく、――その結果、この状況を作ってしまったこと。それでも一部の反対派と賛成派は話し合った、話し合おうとしたこと。そしてその一部のヒトたちを、反対派も賛成派も“裏切り者”といって叩いたこと。

 反対派の中にも温度差があったこと。なにより、“そのことに熱心な一部のヒトたちの問題”とされて、まったく一般民衆の関心を得られず、一般民衆と致命的な温度差があったこと。

「同時期に起こった“芸能人が酒の席でトラブルに遭った話”のほうが、よほど熱心な関心を集めて過剰なまでに報じられていたからね……」

 そんな中で、関心を得るために効果的な行動がとれなかったこと。“表現/創作/意の発信”が致命的なダメージを負い、“表現/創作/意の発信”が致命的な衰退へ傾いてしまった、“表現/創作/意の発信”が瀕死になってしまった日、けれど“それ”を深く認識したヒトは少数でしかなかったこと。

「――でも、もっとも致命的な問題は、一度“決まり”が作られてしまうと、“それ”に対して熱心に思考するということがなくなってしまう、思考しなくなってしまった、この“やり直せない状況/現状”にあるんだ。――もし“これ/いま/現状”が作り話だったなら、タイムマシンでも登場させて、せめて冷静になって話し合おう、ネガティブキャンペーンみたいなことはやめて、ちゃんと議論しよう、って伝えに行けるんだけどね」

 作者の男性は、諦め切れていない諦めたヒトの表情をして言いました。

 そんな男性の肩に、そっと手が置かれました。男性の背後に、黒のサングラス、黒のスーツ、黒の革靴、という黒で全身を潔癖的に固めたヒトの姿がありました。複数、ありました。

 作者の男性と、その側らに立つ女性は、静かに現れた黒に、その身を拘束されてしまいました。

 黒の中に、手に書類を持ったひとりの姿がありました。その手にある書類には、『違法表現者一覧』と書かれてありました。老若男女を問わず“顔写真/氏名/年齢/職業/備考”が記載されています。

 そしてその一覧の中に、いま黒に拘束されている男性と女性も記載されていました。

 男性の項目には、ふたつの名前が書かれていました。本名と、ペンネームです。男性は、描くことで表現する漫画家でした。

 女性の項目には、いわゆる一般人のそれと異なることは書かれてありませんでした。――が、備考のところに“それ”はありました。女性は、漫画家である男性のアシスタントでした。

「間違いない。よし、連行しろ」

 書類を手に持つ、黒の中のひとりが言いました。

 男性と女性が、発言することも許されずに連れて行かれました。

 複数ある黒の姿も、静かに去ってゆきました。

 それを、若い男と若い女は見送りました。

 書店のマンガコーナーのいっかくに、ふたりの人影が残されました。


          *  *  *


 とある時代の、とある国の、とある街の、とある住宅街の、とある公園のベンチに、ふたりの座っている人影がありました。“危険だから”という理由で遊具が撤去された公園に、子どもの笑い声はいっさいなく、じつに静かで殺風景です。

「あたし、ガチでマンガを描いてみようと思うの」

 ひとりの、いくぶん幼さの残る若い女が言いました。ベンチから立ち上がって、決意を表明するようにぐっと右の拳を握ります。左の手には、スマートフォンが握られてあります。

「…………は?」

 ひとりの、いくぶん幼さの残る若い男が応じました。状況に対してまったく理解が追いついていないのか、口が半開きです。

「あたしね、じつは――」

 若い女は、恥らうようにもじもじとしてから、これから重大な秘密を告白するかのようにためらってから、

「けっこう、マンガとかラノベとかアニメとかゲームとかフィギアとか大好きなのっ」

 頬をほんのり朱に染めて言いました。

「ええー、いまさら“それ”言うのー」

 ある意味で意表を突かれた若い男は、

「というか、いままで秘密にしていたみたいなその態度に驚きだよ」

 と少々引き気味に返しました。それから一呼吸して冷静さを呼び戻し、

「なんでまた急に、ガチでマンガを描こうと思ったのさ?」

 率直な疑問を口にしました。

「べつに、急じゃあないよ。発表していなかっただけで、ちょいちょい描いては、いたよ」

 若い女は、少し拗ねたふうに言いました。

「……そうですか」

 若い男はそうサラリと流して、

「それで?」

 改めて問いました。

 若い女は一瞬、なにか不満そうな膨れっ面をしてから、仕切り直すように「コホン」とひとつ咳払いをして、

「“現実の犯罪行為”と“犯罪行為を描くこと”とをゴッチャにしているのが、どうにも、あたしには納得できないの」

 左の手にあるスマートフォンを差し出し、その画面を若い男に見せます。その画面には、“決まり”に関する文章が表示されてありました。

「でね、“決まり”には、“青少年/あたしたち”が“決まり”の中で“ダメ”とされているモノを作ることに関して明記されていないの。――というか、“決まり”を作るとき、そのことそれ自体ちゃんと話し合われていないのね」

「……つまり、どゆこと?」

「あたしがその“ダメ”なモノを作ることで、“それ”を問題として話題沸騰させて、“決まり”に関する話題を再燃させて、“決まり”の“ありかた”について意識を向けさせて、今度こそしっかり“決まり”について議論してもらうの!」

 若い女は力を込めて語り、それから少し勢いを静めて、

「まあ、“諸刃の剣”的なところはあるけれど……」

 と冷静なふうに述べてから、

「それでね、ついてはお願いがあるの」

 また勢いを戻して、若い男に言葉を投げます。

「ちなみにどんな?」

 若い男はイヤな予感に頬を引きつらせつつ、いちおう訊いてみました。

「アシスタントをやってほしいの」

 若い女は真摯な顔で言って、

「“はい”か“イエス”で答えて」

 これが二択であることを改めて強調するように、人差し指と中指を立てた右の手をずいと突き出します。

「おおう、言語の種類しか選べないねこの二択」

 若い男はあきれたふうに言いました。

 そんな反応に、若い女は耐えかねたふうに片眉をピクリと動かし、

「思い立ったが吉日!」

 あまり乗り気ではない若い男の手をむんずとつかみとり、

「さあ、アシスタントくん! これからあたしの家で創作活動開始よ!」

 強引に進む一歩を踏み出しました。

「ええー! まだなにも返答してないんですけど――――」

 若い男は引っぱれるカタチで、進む一歩を踏み出しました。


 ふたりの“歩み”が、

 始まりました。



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