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小話:其の参拾九《えいゆうのはなし(仮題)》

【認識する側の“目”によって――】

《えいゆうのはなし(仮題)》


 黄昏色の空の下、ひとりの男がコンビニを目指して歩いていました。丸刈りにされた頭に、ヒトを近づけない鋭利な目をしています。身なりは、上下共に黒のジャージ。足には、使い込まれて汚い灰色の運動靴。

 彼は、盗みや恐喝やその他諸々の悪意ある手段で老人や無防備なヒトから多額の金品を騙し取る常習者でした。悪知恵に関しては無類の才があるらしく、逮捕されたことはありません。

 信号に差し掛かりました。タイミングのよろしくないことに、表示が赤に変わりました。

 男はそれが当然のことなので、足を止めました。――が、しかしすぐに舌打ちをひとつして歩き出してしまいます。彼は、とても短気でした。


          *  *  *


 黄昏色の空の下、ひとりの男がコンビニを目指して歩いていました。七三にきっちり分けられた髪をし、目元にはインテリジェンスを演出するメガネがあります。その下には、他者に対して自己主張が希薄そうな目がありました。身なりは、上下共に濃紺のスーツ。足には、使い込まれた味ある革の靴。

 彼は、社会の歯車と呼ばれてしまうような人物でした。これとった個性や意志や特徴はなく、積極性もありません。

 信号に差し掛かりました。タイミングのよろしくないことに、表示が赤に変わりました。

 男はそれが当然のことなので、足を止めました。不意に、苛立ちある舌打ちの音が聞こえました。彼は反射的に身を縮め、音の聞こえたほうへ目をやりました。

 丸刈りの頭をした人物が、苛立たしげに赤信号を横断して行きました。


          *  *  *


 男は丸刈りの頭をポリポリとかきながら自動ドアをくぐり、コンビニに入店しました。そして迷いのない慣れた足どりで酒類売り場へと向かいます。

 子どものはしゃぐような声が聞こえました。どうやらお菓子を買おうと選んでいる子どもが先客として居るようでした。

 男はうざったそうに舌打ちをしました。彼は心の底から“子ども/ガキ”が嫌いでした。

 男が酒を選んでレジに向かうと、狙ったようなタイミングでお菓子を手にしたふたりの子どもがレジにそれぞれ品を置きました。罵声が反射的に口から出そうになったのを、男はどうにか舌打ちひとつに堪えました。ここで子ども相手に“なにか”をやらかして、最悪、警察を呼ばれてしまっては、とても都合が悪いのは自分だからです。

 ひとりの子どもが、手をすべらせて支払いの小銭を床にばら撒きました。焦ってそれを拾い始めます。もうひとりの子どもも、それを手伝います。店内にひとりしか姿のない店員も、それを見かねて拾うのを手伝います。

 決して気の長いほうではない男の苛立ちは、時計の秒針が進むのと連動して増してゆきます。爆発しそうになるのを、彼は奥歯を噛みしめて堪えました。


          *  *  *


 男は七三の髪を手でなでつけてからひとつ深呼吸をしました。そして片手をポケットに突っ込み、そのまま自動ドアをくぐってコンビニに入店します。

 そこには、床に這いつくばるふたりの子どもとひとりの店員、それを苛立たしげに見ている丸刈りの頭の男の姿がありました。子どもと店員は、どうやら床に散らばった小銭を拾い集めているようでした。

 男は意を決したふうにポケットから折りたたみ式のナイフを取り出し、不慣れな手つきで刃を出現させました。彼は歩みを進め、ちょうど手前に居た子どもの首にナイフの刃を当てて言いました。

「か、金を出せっ! いますぐにっ!」

 突然の事態に対して理解が追いつくまでの間を置いてから、店員は慌ててレジに向かいました。


          *  *  *


 早く酒を飲みたい男の苛立ちは、もうすでに限界を超えていました。――だというのに、これ以上さらに余計な時間を喰う強盗が出現してしまいました。

「ふざけたことしてんじゃねえぞ、コラ! おい、このクソ野郎っ!」

 どうにか堪えていたモノが爆発し、彼は手にしていた酒の缶を強盗に投げつけました。

 強盗は、酒の缶の直撃と、男の気迫ある鋭利な眼光に怯みました。その拍子に、ナイフが子どもから外れます。

 子どもは、その隙に強盗の拘束から脱出しました。

 苛立ちと怒りの収まらない男は、一発と言わず二発、三発、ぶん殴ってやろうと強盗に詰め寄りました。

 ナイフという凶器によって優位な立場にあると思っていた強盗は、まったく臆せず迫ってくる男に、恐怖にも似たモノを懐きました。それは強盗の精神を容赦なく追い詰めます。恐怖心を振り払うように、強盗はめちゃくちゃにナイフを振り回します。

「――え?」

 男の腹部に、いつの間にかナイフが突き刺さっていました。

「――え?」

 強盗は、いつの間にかナイフを突き刺していました。

「…………」

「…………」

 刺した者と刺された者が互いの顔を見合う、奇妙で静かな間が生じました。

「そ、そんな、本当に刺すつもりなんて、そんな、そんな、そんな――」

 強盗は刺してしまったことに動揺し、

「そんな、違う、そんな、違う、そんなっ!」

 錯乱し、現実逃避するかのように逃走します。

 刺された男は、苛立ちと怒りからくる舌打ちをして倒れました。


          *  *  *


 その日の、夜のテレビのニュースで――

 ひとりの男の、英雄の“死”が報じられました。

 子どもの首にナイフを当てて金を要求する狂人に臆することなく勇敢に立ち向かい、子どもを救うも、自らは死してしまった男を、英雄を称える内容でした。コンビニの監視カメラの衝撃的な映像に、気持ちを盛り上げる効果音を合わせた、編集された映像が流されました。それだけでした。

 英雄を殺した狂人に関しても報じられました。

 通報を受けて駆けつけた警察官が迅速に逮捕したこと。物静かな人物だったこと。朝に会えばちゃんと「おはようございます」と挨拶する人物だったという、かつての近所住人の証言。まさかこんなことをするヒトだなんて、という知り合いの言葉。数ヶ月前に会社をリストラされて職を失い、同時に住む家を失っていたこと。逮捕されたときの所持金が二十三円だったこと。ひとりのヒトの“いのち/生命”を奪ったこと――

 ――そして。

 話は、いまの社会が抱える問題点に関する、ニュースキャスターとニュース解説者の“思うところ”に移行します。

「現在のネット社会が――」

「やはり、ヒトとのつながりが――」



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