小話:其の参拾六《おいしくいただきました(仮題)》
【面倒臭いモノにはフタをする】
《おいしくいただきました(仮題)》
子どもが、好き嫌いを言って食べ残しをしました。
「世界には食べたくても食べられないヒトがいるんだ。食べられるのに好き嫌いを言って食べ残したりしたら、ダメだろう」
父親が叱りました。
「そうよ? だから好き嫌いを言って食べ残したりしたらいけないのよ」
母親も言いました。
「……でも」
と子どもは言い返そうとしますが、
「でも、じゃないだろう」
威圧感ある語気で父親が“それ”を封殺しました。
「…………」
子どもは素直すぎるほど“嫌々”のにじみ出た表情で、食べ残しを口に運びます。口に入れます。
――そして。
吐きそうな顔をして咀嚼し、ありったけの気合を動員してやっと“それ”をのみ込みました。
* * *
テレビの画面の中で、いま人気のあるタレントや俳優や女優が集まって、自身の料理の腕を競っていました。そうして作られた料理を、これまた人気の芸能人が“できばえ”を批評します。
ある若手のタレントが作った料理を“一口”食べた瞬間、批評する側の芸能人が口をおさえて“番組セットの裏”へ消えてゆきました。カメラがその背を追い、その姿を捉え、その姿をテレビに映しました。
批評する側の芸能人は、青のゴミ箱を抱え込むようにしていました。
――そこで、画面が切り替わりました。
批評する側の芸能人が“番組セットの裏”へ消えていったことに、料理を作った若手のタレントが“本気さのない抗議”を述べていました。それを見聞きしている他のタレントや俳優や女優は、喜劇を楽しむように笑っています。
――そして。
青のゴミ箱を抱え込んでいた批評する側の芸能人が、口元を拭いながら戻ってきました。カメラがその姿を捉えると同時に、若手のタレントの作った料理のあまりの不味さを猛然と言い連ねます。
若手のタレントが、それに対して言い返します。
他の批評する側の芸能人が、「どれどれ」と言って話題の料理に口をつけました。
若手のタレントが、期待する眼差しで見やりながら「どうですか?」と訊きました。
言葉は返ってきませんでした。その代わりに、またひとり“番組セットの裏”へ消えてゆきました。
テレビ画面の中に笑い生じました。
* * *
「せかいにはたべたくてもたべられないヒトがいるのに、たべられるのにすききらいをいってたべのこしたりしたら、いけないんでしょう?」
子どもが、テレビを見やりながら問いました。
「どうして、このヒトたちは“いけないこと”してるのにおこられないの? どうして、わらっているの?」
それに対して父親は、テレビ画面の右下を指差して答えます。
「ここに書いてあるだろう? “使われた食材は、あとでスタッフがおいしくいただきました”って。あとでちゃんと食べてるんだよ」
「でも、あのヒトはすごくまずいっていってるよ? くちにいれたやつをごみばこにはいてるよ? なのに、どうしておいしいの?」
「それは、あのヒトは不味いと感じたけれど、スタッフのヒトは美味しく感じたんだ」
「でも、まずくても、すききらいをいってたべのこすのはいけないことなんでしょう? どうして、あのヒトはおこられないの? どうして、まわりのヒトはわらっているの?」
「…………」
父親は、どう言えばいいものかとしばし思考しました。
――そして。
ひとつの画期的な答えを導き出しました。
テレビのリモコンを手に取り、チャンネルを変えました。