小話:其の参《みけねこハント(仮題)》
「三毛猫を狩りにいこうよう。三毛猫のオスを」
返答する言葉を、僕はとっさに考えつかなかった。
「じゃあ、駅で待ってるからねん」
そうして通話は切れる。激しく一方的な意思表示を残して。
僕はあっ気にとられて、ワレカンセズとすまし顔な自分のケータイを見つめた。
沈黙を肯定と受け取るのは、横暴だろうと思うのだが。
「というより、なんで三毛猫を狩ろう……いや、捕まえようと思いつくわけ?」
待ち合わせ場所な駅に到着した僕は、そんな当然たる疑問を彼女――腐れ縁が更に腐った仲の友――に投げかけた。
ちなみに、僕はヒマな人生を過ごしているわけではない。が、偶然にもその日その時の予定は一切なかったので、彼女の狂戯言に応える余裕があった。だから、いま僕はここにいる。
「だってさあ、三毛猫のオスってさあ、もっすごくレアリティの高い、もっすごくイイお金になる、金のタマタマなんでしょう?」
公衆の面前で、「金のタマタマ」とか素敵な笑顔で言わないでね。僕が恥ずかしいから。
「珍しいっていう話なら聞くけど、お金になるかは別の話じゃないの?」
僕は、ある種の都市伝説だと思っている。
「えーそうなのう?」
彼女はショートカットな黒髪のはしっこを、指先でいじくりながら、口を尖らせる。
「そもそも誰が買うのさ。クローン家畜が肉のパックになって売られるいまどき、三毛猫のオスなんて」
「買うひとは……、ネットオークションにかければ世界中に居そうだけれどう?」
名案でしょう、ほめてほめて、みたいな顔で見上げてくる彼女の頭頂部に、僕はグーの拳を一発見舞った。
「いっ! ……痛いよう」
彼女は両手で頭を抱え、身悶える。
「生き物を軽々しくネットオークションにかけるなっ!」
「冗談だよう。じょうだん。そもそもネコはネットオークションにかけられないもん。そんなに怒らないでよう」
頭頂部をさすりながら、潤みの増した目で彼女は言うが、
「冗談でも、考え方が気に喰わない」
「だって、『買い手は?』って訊くから、仮の答えとして言ってみただけだよう。売るつもりなんて、最初からないもん」
んーまあ、確かに訊いたのは僕だけどね。あんまりな答えだったからね、つい。
「ホンモノを触って見たいと思ったんだよう」
その眼は獲物を求める狩人のごとく。彼女はきょろきょろと周辺に注意深い眼差しを投げながらそういった。
駅から歩いて数分。僕たちは住宅街にやってきていた。といっても、ただのご近所なわけで。日常の見慣れた風景なんだけども。
僕が住まうご近所は、都心よりちょっと離れているが、ど田舎というわけでもなく――“ちょいと便利な田舎”と僕は評している――まあ何が言いたいかというと、飼いも野良も混沌として周辺には多くのネコが住まっているというわけだ。
「その好奇心を否定するつもりはないけれど、思い立つのが唐突だね、ずいぶんと」
言いつつ、僕もテキトウに三毛猫探しの視線を周囲になげやる。
「なにごとも思い立ったが吉日って言うでしょう?」
にっ、と満足げな笑みを浮かべていう彼女を見ると、
「キミの前世はネコだろうね、きっと」
そう言わずにいられない。
自由気ままというか、自由奔放というか。憎めないその自己中さは、天真爛漫なネコと評して間違いない。
なんてことを思っていたらば、ご近所最大の“ねこスポット”に到着していた。
ねこ専用階段――
この場所において、最初に眼差しが向かうのはそれである。
文庫本を開いたくらいの幅しかないその階段は、乗用車二台分ほどの広さしかない敷地から、“とんこつラーメン屋”と“カジュアルファッションのお店”とが半々に入っている白い建築物の二階ベランダへと伸びている。どうやら、この白い建築物のオーナーさんが、なかなかどうしてネコ好きなお人らしい。駐車場を目的として設けられているハズの敷地に車はなく、代わりに、エサ茶碗、水飲み茶碗、毛布の敷かれたダンボール箱などのネコ用アイテムが置かれているし、白い壁には“寝ているときは Don't touch ねこ!”の張り紙まである。かといって、好意的ではない噂を近所住民として聞かないから、ここのオーナーさんは無責任な愛好家というわけでもなく、ちゃんとやることはやっているお人なのだろう。実際、お会いしたことはないけれど。
ともあれ残念なお知らせです。
「“ザ・ボス”しかいないよう……」
彼女は残念そうな口調とは裏腹に、嬉し楽しそうな表情を浮かべて、日向でふてぶてしく寝転ぶボロ雑巾のような白猫をなでなでしている。
ちなみに、“ザ・ボス”というのはこの白猫がご近所で呼ばれている愛称で、僕は“化け猫”と評している。ボロ雑巾のほうがまだ愛嬌ありそうなその見てくれもさることながら、軽く二十年以上その無愛想さを周辺住民にふりまいているという事実から“化けている”と思って自然だろう。予備知識として、非常にどうでもいいことだが、“ザ・ボス”はこの周辺最強のメス猫であると記しておく。
「まあ、ネコだしね」
神出鬼没が、外界で生けるネコという存在だ。こちらの都合など、むこうさんには毛づくろいするヒマほどの興味もないことだろう。
「ねえねえ、“ザ・ボス”。知り合いに、三毛猫のオスいない?」
サバイバルのし過ぎでぷにぷに感がまったくない“ザ・ボス”の肉球をいじりながら、彼女はおうかがいをたててみるが、
「…………」
ちらりとバカにするような憎たらしい眼差しをくれてから、大あくびをかます。それが“ザ・ボス”のこたえだった。まったく興味がない。か、あるいは煮干しでも持ってこい。どちらにせよ、関心がないということは確実だ。
ネコからのもらいあくびを噛みしめつつ、僕は背筋をのばした。
「なんか眠くなってきた」
まだ“ザ・ボス”をいじっている彼女を横目に見つつ、帰って昼寝でもしたいなぁー、と来た道の方角へと視線をやった――
「……あっ」
――そこに、さり行く猫の後姿を発見した。そいつは、ピンっと立てた尻尾の根元にご立派なモノをこさえているオスであり、
「みみみけみつけたっ!」
三毛猫だった。
「どうしたのう? 突然みぃみぃ言って」
なにか触れてはいけないものにふれるような視線を“ザ・ボス”と共にくれる彼女が、ひじょうにもどかしいっ。
「どうしたのう? じゃないっ! 見つけた、発見したんだよ、オスをっ!」
力みすぎてどこかの血管切れたんじゃなかろうか、と不意に自分の身体が心配になる。
「……えっ?」
言いだしっぺのくせにひどく怠慢な動作で、彼女は表情を強張らせた。
「えっ? じゃない。えっ、じゃ」
というより、もっと喜ぼうよ。せめてボロ雑巾風白猫をなでなでしていたときくらいの表情になろうよっ!
なんで僕がジダンダを踏まなければならないのだろうか。
もう本当に、熱されるのも冷めるのも突然だよね。
煮え切らないというかなんというのか、彼女の微妙にノリ気じゃない態度に、僕は両手の指をワナワナさせた。と、気配を察したのか三毛猫はこちらを振り返り、くだらないモノを見たとでもいうようにプイと首を振ったのち駆けていってしまった。
「ああっ! 行っちゃう!」
そして僕は彼女の手をとり、三毛猫の後姿を追って駆け出した――
――が、残念。
再び三毛猫の後姿を発見することなく、日は暮れた。
帰り道。
なぜだか言いだしっぺの彼女より熱してしまった僕のほうが、中途半端に後姿を見てしまったがゆえに気持ちが沈んでいた。
にもかかわらず、
「三毛猫には、見事に逃げられちゃったね」
彼女のほうは憎たらしくもある上機嫌さである。
「んー」
僕はテキトウに応えておいた。
すると不意に、彼女は僕の首根っこをグワシっと掴み、
「捕まえたっ」
憎めない無邪気な笑顔を向けてきた。
「僕は三毛猫ですか……」
吾輩は猫でなく、
名前もすでにある――んですけど。
共通項があるとしたら、性別だけで。
「捕まったからには、当分は私の三毛猫でいてもらうからねんっ」
こちらの気などおかまいなし。
自由気まま。
自由奔放。
憎めないその自己中さは、まさしく天真爛漫なネコそのもの。
「前世はネコだろうね、絶対」