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小話:其の拾八《いけない連想(仮題)》

絶対不可侵の領域、それは“妄想”――


《いけない連想(仮題)》


 星々の煌めく空に幻惑的な満月が浮かぶ、ある日の夜。

「オレ、ずっとキミと一緒になりたいと思ってたんだ」

 そこに存在感を表す満月を見上げながら、ひとりの男が言いました。

「――え?」

 男の隣で、同じく満月を見上げていたひとりの女は、一瞬だけ驚いたふうな顔をしてから、けれどすぐに、

「ふふ、奇遇ですね。私も、私も先生と一緒になれたらいいなって思ってたんですよ」

 心の底からの気持ちを表すように、とても素敵な微笑みを浮かべて答えました。

 そしてふたりは心からの気持ちを確かめ合うように、どちらでもなく身を寄せ合い――


 満月の夜空の下で、銃器が弾丸を発射したときの乾いた発砲の音が轟きました。等間隔で計三回、それはありました。――少々の間を置いてから再び等間隔で計三回、それはありました。


「それでは皆さん、本日のお勤めご苦労さまでした」

 カッチリとした黒のスーツ姿の、手に分厚い書類の束を持った、過労気味を思わせる疲れた顔つきの男が言いました。

「お疲れ様でーす」

「お疲れー」

「お疲れ様」

 撃ち終えた小銃から弾倉を外し、薬室内に弾が残っていないことを確認する作業をおこないながら、それぞれ同じような黒のスーツ姿の三人の男が応えました。

 男たちの前方には、折り重なるように息絶えた男女の遺体がありました。――が、彼らは遺体のことなど気にしたふうもなく、

「このあと、一杯どうです?」

「どーせ、一杯じゃすまないでしょー。行きますけどー」

「あはは、確かに。そして同じく、もちろん行きますよ」

 とても気楽に、このあとの飲みについて話し合っています。

「いいですねー、私も皆さんとご一緒したいですよ」

 疲れた顔つきの男が、とても疲れたふうに言いました。

「じゃあ、一緒に行きましょうよ。知らない仲じゃないんですから」

「そうですよー」

「親睦を深めるという意味でも、行きましょうよ」

 それぞれ男たちは好意的な意を示しますが、

「ありがたいお言葉ですが、と申しますか、本心としては是非ご一緒したいのですが――」

 疲れた顔つきの男は、疲れたふうな乾いた笑みを浮かべて、

「このあと書類と一戦交えなければならないもので……。はは……。お誘い頂いたのに申し訳ない」

 心の底から残念そうに詫びました。

「ああ、それはそれは」

「ありゃりゃー」

「お疲れ様です」

 いかにもそれらしく、男たちは同情めいた表情を見せました。そして残業ある疲れた男にそれぞれ労いの言葉を残して、業務を終えた男たちは飲み屋へと去って行きました。

 疲れた顔に、疲れた笑みを浮かべて、楽しげに去り行く男たちを見送り、

「……はぁ」

 過労気味な男は、夜空に浮かぶ満月を見上げ、

「…………はぁ。――っと、よし。お仕事お仕事」

 努めて、というよりは無理をして気持ちを切り替えました。

 平均的な大人の身長より高く、横幅も長く、積み上げられた土嚢。それを背にするカタチで、先ほどから軽視されている男女の遺体はありました。

 疲れたふうな男は、疲れたふうな溜め息を吐きつつ、男女の遺体に歩み寄ります。そして手に持っている書類と、遺体とを、なにか確認するように交互に見やり、

「まったく」

 あきれたふうに、そして溜まったストレスをぶつけるように吐き捨てながら、胸ポケットから安物のボールペンを取り出し、

「……はぁ」

 流れる動作の、けれど雑な筆致で、なにか書類に記入してゆきます。

 男の手にある書類には、『違法表現者一覧』と書かれてありました。老若男女を問わず“顔写真/氏名/年齢/職業/備考”が記載されています。

 そしてその一覧の中に、いまは遺体の息絶えた男女も記載されていました。

 男の項目には、ふたつの名前が書かれていました。本名と、ペンネームです。男は、描くことで表現する漫画家でした。

 女の項目には、いわゆる一般人のそれと異なることは書かれてありませんでした。――が、備考のところに“それ”はありました。女は、漫画家である男のアシスタントでした。

 差別的、侮蔑的、猥褻的、反社会的な、あるいはそれらを連想させる“描きかた/言葉/表現”の使用が“規制/禁止”されて久しく、表現に対して強大な権力が抑制なく発揮される世の中で、しかしそれでも、それらに“表現することで抗い続ける者たち”は確かに存在していました。“好ましくないモノを連想させる”という理由で“描きかた/言葉/表現”の使用が“規制/禁止”されると、もれなく表現者は“表現者としてのアイデンティティー”を殺される。だからそれに屈するわけにはいかない、と。

 遺体となった男も、そんな“表現することで抗い続ける者たち”のひとりでした。

 遺体となった女は、そんな男が描いた“マンガ/表現”に魅せられたひとりでした。

「どうしてこの国には、こうも私の仕事を増やす方々が多いのだろう……」

 書類への記入を終えた疲れた男は、そんなことを口にしつつ、

「まぁ、でも――」

 漫画家とアシスタントの遺体から離れて、先ほど男たちが小銃を射撃していた立ち位置の脇にある“なにかの装置”の操作パネルの前まで移動し、

「おかげで当分は」

 慣れた手つきで操作パネルに触れ、

「食べるのに困らず暮らせるのですが」

 そして“なにかの装置”を作動させます。

 漫画家とアシスタントの遺体があるところの地面にポッカリと、闇黒の穴が出現しました。

 漫画家とアシスタントの遺体は、なんら抗うすべもなく闇黒の中へ消えてゆきました。――少しの間を置いてから、闇黒の穴も消えました。

「はぁ……。もう少し残業手当を厚くしてほしいですね……」

 疲れた男は、愚痴をこぼしつつ、残業との戦いの場へと去って行きました。


 なにもなかったふうを偽装する冷たい静けさが、そこにありました。


          *  *  *


 特別な使命感に駆られた者たちは、

 究極的な“純白の理想”を追い求めた。

 そしてその行為は、

 やがて人間性への殺戮を開始した。


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