小話:其の壱百七《暑さ対策(仮題)》
【現実的な運用がともなって初めて、効力を発揮する】
《暑さ対策(仮題)》
とある時代の、とある小さな国の、その城壁に囲まれた首都の中心に、権力を誇示するかのような立派な城がありました。
そんな立派な城の、特別に広くて豪華な一室に、ふたりの初老の男性の姿がありました。ひとりは、この国の王の座に腰を落ち着けていました。ひとりは、この国の宰相の座を与えられていました。
「早急に、対策をこうじねばなりません」
宰相の男性が、険しさある表情で言いました。
「本年の夏の暑さは異常なのです。この暑さで生命を失う民も、出ております」
「ほう、そうなのか」
国王の男性が、気だるさある表情で言いました。
「空調管理の整った城にあると実感がないが、大変だな」
城の内部は、多大なエネルギーを消費して稼働する最新の空調機器が、多大なエネルギーを消費してその効力を発揮していました。なので城内で季節を感じることは、よくも悪くも、ありません。
「はい、とても大変です」
「なにか策をこうじねばならないな」
「はい」
「なにか案はあるのか?」
「……それが、その」
「なんだ、はっきり述べろ」
「はい。各大臣、将軍、国内の知識人を召集して策について論じ合いました」
「それで、どうなった」
「はい……それが、その」
「なんだ、はっきり述べろと言うているだろう」
「はい。結果、策はなにもでませんでした」
「学のある者どもが集まって、なにも出てこなかったのか?」
「はい……なにも。空調機器を国策として普及させてしまえばよいという者もありましたが、稼働させるためのエネルギーの生産と供給に関する問題があり、なおかつ、城内の空調機器は専門家がすぐに対処するので問題になりませんが、空調機器それ自体も暑さの影響を受けた故障が頻発しておりまして、一般に普及させるには克服しなければならない問題が多く。なにしろ、自然に対することでありますので。ヒトの知識をより集めても、やはりその、国全体を冷やすということは難しく……」
「ふむ。国全体を冷やす……か」
「はい……」
「よし。民へ発表をおこなう、準備しろ」
「は? 我が王、いまなんと?」
「察しのわるいやつだな。私が思いついた暑さ対策を、民へ発表する、と言うている」
「え? ええっ? お、思いついたのですか、対策を? 知識人を集めても出なかった、対策を?」
「そう言うているだろう」
「さすが、さすがは我が王っ! ただちに、ただちに準備いたしますっ」
そして、国王による暑さ対策に関する緊急発表がおこなわれました。
この国の最新の情報媒体であるラジオを通じてすぐに、それは国民へ届きました。
やや雑音の混じった国王の音声が厳かなふうに、言いました。
「徴収する税を、現在のそれより三倍にする」
それを聞いた国民は、不景気な現在におけるその愚策に落胆しました。
「財布の中に望まない寒さを感じるだけじゃないかっ」
と国民は怒りにも似た感情を懐き、より身体を熱くしました。
発表を終えて国王は、自らの述べた策に満足していました。これで徴収した税を財源に、エネルギーの問題を解決し、近い内に空調機器を国全体へ普及させられるに違いない、と。
そして数年後、致命的に暑い季節。
国全体は、“冷たさ”を感じていました。しかしそれは、国王の思い描いた通りのそれではありませんでした。けれども確かに、国全体は冷えていました。