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小話:其の壱百参《ほうちこっか(仮題)》

【“なにを”まもるためのモノ】

《ほうちこっか(仮題)》


「我々の国ほど皆が規律正しい法治国家もないでしょう。これは初等教育からの徹底した――」

 テレビ画面の中で、訳知り顔をした初老の男性が楽しそうに口を動かしていました。この初老の男性は、とある大学で講師を受け持っており、またその有する知識を活かして多数の書籍を発表したりもしています。いまテレビ画面の中でおこなわれている報道系の番組では、知的に口を動かす仕事をしています。

「我々は、我々の知識を“彼の国”の人々に教えてあげるべきなのですよ。規律正しい文明人としてのなんたるかを」

 雨に降られる確率より、致命的な犯罪に巻き込まれる確率のほうが高い“ある発展途上国”を指して、初老の男性はパクパクと元気よく口を動かします。時おり、ツバが元気よく飛散します。

 そんな映像を映すテレビが設置されてある、とある町の電器店の道路に面した陳列窓の、その前で。

「うっ!」

 突然、ひとりのヒトが苦しそうに胸元を押さえ、

「ぐぐぅ……がはぁ」

 膝から崩れるようにして倒れてしまいました。その顔には、苦悶の脂汗がジワリと滲んでいます。

 その様子を目撃したヒトの姿は――

 かなり多くありました。

 電器店の陳列窓が面する道路は、この町の外へ行くための鉄道の駅へ向かうヒトがよく利用しているのです。

 ――しかし。

 そのヒトが苦しそうに倒れてからしばしの時を経ても、“大丈夫ですか?”とうかがう音声は聞えてきませんでした。

 携帯端末を片手で操作しながらチラチラと気にしているふうなヒトの姿は多々ありますが、それより先の行動に出る者の姿は見つけられませ――

「ダイジョウブデショウカ?」

 ひとりのヒトが、苦しそうにしているヒトの元へ駆け寄り、

「アナタ?」

 その耳元へ口を近づけ、

「チョットっ! チョットっ!」

 容赦のない大きな声を発しました。

 酔っぱらいでも飛び起きそうな“それ”でしたが、苦しそうにしているヒトからの応答はありませんでした。

 それを見てひとりのヒトは、周囲の人々に向けて助けを呼んでくれるよう大きな声で言いました。

 しかし周囲の人々は、スッと視線をそらし、気づいていないふりをすることでそれに応じました。

 ひとりのヒトは信じられないといった驚きの表情をして、それらの反応を見やりました。――が、すぐに気持ちを切り替えます。苦しそうにしているヒトに、応急処置を施すためです。

 ひとりのヒトには、応急処置の心得がありました。医療に関する職に従事しているわけではありませんでしたが、一般的な知識として、それを有していました。

 ひとりのヒトは周囲の人々に助力してくれるように頼みましたが、結果は先ほどのそれと同様でした。そんな周囲の人々の反応に、ひとりのヒトはいらだちを懐きましたが、いまはそれどころではないので堪え、自らにできることを可能な限りおこないます。

 応急処置を開始してから、しばし。

 ひとりのヒトの耳が、どこか遠くから近づいてくるサイレンの音に気がつきました。そして、あっという間に、その音源は目の前に姿を現しました。

 それは、医療機関の患者搬送用自動車でした。

 そしてもう一台、警察機関の治安維持任務用自動車がありました。

 医療機関の自動車が出向く先には事件や事故が発生している可能性が高いので、警察機関の自動車が行動を共にすることは、とくに珍しいことではありません。

 医療機関の自動車の中から数名の医療機関のヒトが姿を現し、現場に駆けつけます。

 ひとりのヒトは、やっと救いが来たと身体を弛緩させました。――が、まだ終わっていないと気を引き締め、経緯を説明しようと口をひら――

 駆けつけた医療機関のヒトは、ひとりのヒトを鋭く睨みました。そしてまるで邪魔な物体を排除するような粗雑さで、ひとりのヒトを“苦しんでいるヒト”から引き離します。

 状況が状況なので礼節の優先順位は低いだろう、とひとりのヒトは承知し、とくに腹をたてることもなく、邪魔にならぬよう身を引きました。

「ちょっといいかな、キミ」

 背後から肩をトントンと叩かれ、ひとりのヒトは振り向きました。そこには、三名の警察機関のヒトの姿がありました。

 ひとりのヒトは、経緯を訊かれるのだと思い、説明するための口をひら――

「キミは、重大な法律違反をおこなった。よって、身柄を拘束する」

 警察機関のヒトが、拘束具を取り出しながら言いました。

「それから、外国人登録証を提示してもらえるかな」

 ひとりのヒトには、自らの現状が理解できませんでした。確かにこの国のヒトではなく、他国から訪れています。まだ入国してから数日しか過ごしていません。しかし仕事の都合で訪れているので、正規の手続きを経て入国しており、法律に反するようなことをした憶えはありません。なにか手続きに不備があった可能性は否定できませんが。

「いやいや、キミがおこなった違反行為は入国に関することではない」

 流れる動作で拘束具を装着させながら、警察機関のヒトが言いました。

「キミのおこなった違法行為は、いまさっきまでキミがおこなっていたことだ」

 ひとりのヒトには思い当たることがさっぱりなく、ついには首を傾げました。

 警察機関のヒトは、医療機関の自動車に収容されようとしている苦しんでいるヒトを指して、

「さっきまで、あの人物におこなっていただろう」

 そう言いました。

 理解が追いつかず、ひとりのヒトはしばし沈黙し――

 まさか応急処置が、人命を救おうとする行為のことを違法と言っているのか、と思い至りました。

「そうだ。わかっているじゃないか」

 警察機関のヒトは、当たり前のように言いました。

「この国で“その程度に関係なく応急処置を含む医療行為”をおこなうには、国が発行した医療免許証を有している必要がある。これは現在、外国人には発行されていない。よって、キミはそれを有していない。にも関わらず、キミは医療行為をおこなった。それらの犯罪行為はすべて、公衆防犯カメラによってモニターされ記録されている」

 ひとりのヒトは驚きを懐いてそれを聞きました。そして、静かに訴えました。苦しんでいるヒトが目の前にいて助けるなと言うのか、と。

 警察機関のヒトは、お面のような表情をして、

「我々の国は、高等な法治国家なんだ。キミは……“彼の国”の者か。なら、わからないだろうな」

 と、口を動かしました。


 すぐ正面の出来事など知るふうもなく、とある町の電器店の道路に面した陳列窓にあるテレビ画面の中で、

「――それにしても」

 訳知り顔をした初老の男性が、元気よくツバを飛散させながら口を動かしていました。

「まったく、最近のこの国の人々は冷たい。携帯端末と通信ネットを使って、いつでも、自分に都合のよい時分に、関わりたい遠くのヒトと関われるからですね、すぐ目の前にいるヒトとのつながりの大切さを軽視している。昔は、それはもう家の扉なんて開けっ放しで――」


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