小話:其の壱百弐《ご利用、ありがとうございます(仮題)》
【ピンチには旨味成分が含まれている】
《ご利用、ありがとうございます(仮題)》
とある時代、とある国が、とても困難な状況に陥っていました。
そんな困難さに直面した人々の状況は連日連夜、テレビや新聞を通じて報じられます。
それを見た“ある国”に住むそのヒトは、自分にもなにかできることはないものかと考え、微かでも力になれればとボランティアとして“とある国”へ行くことにしました。
ボランティアとして活動するためには、しかるべき手続きを済ませなければなりません。
まず、ボランティア参加登録料として少なくない金額を支払います。説明によるとこれは、ボランティアが活動する際に消費するモノを購入したりするのに当てられるようです。
次に、数字の書かれたバッチが配布され、服の目立たないところに留めるよう支持されます。このバッチには小型通信機が埋め込まれており、装着者の個人情報と位置情報が、ボランティア活動の管理者に把握されます。これは“使う側”が“使われる側”を把握していないと、効率良く作業を進められないからです。
手続きが終わると、そのヒトは速やかに窓のない大型バスに乗せられました。これで、活動するための現場へと向かうのです。
バスの中には、他の複数名のボランティア志願者の姿がありました。皆、ひとつの意志ある眼をしています。
乗降車用のドアと運転席があるバス車内前方と、座席のある後方の間には、どういうわけだか遮光カーテンが設置されてありました。そもそも窓がないバスなので、座席側の者は外の光景から完全に隔離されることになります。このことに疑問を懐いた志願者のひとりが、ボランティア活動管理者のひとりに理由を訊ねました。
「ああ、それはですね」
管理者のひとりは、人当たりのよい微笑み顔で述べます。
「これから大変な作業をすることになるみなさんが移動中、疲れてしまわないようにするためですよ」
これから肉体を酷使するとわかっているから、せめて移動中くらいは身体をリラックスさせられるようにという配慮であるようです。
その説明に、バスの中の誰もが納得しました。
――そして。
短くない時間、バスに揺られ、そのヒトたちはついに現場に到着しました。
そのヒトを含めた志あるヒトたちは、これから自らが直面し、おこなうことを思い、改めて気を引き締めます。
遮光カーテンが開かれ、光と共に外の光景がそのヒトたちの眼に刺さりました。
拍子抜け、という部類の驚きをそのヒトたちは懐きました。
テレビや新聞の情報から想像していたよりもずっと、落ち着いている印象なのです。確かに日常と異なってしまっているところも一部あるのですが、少し転じて見ると、すぐそこに日常の光景が見られるのです。
大きい小さいの話ではないとわかっていつつ、そのヒトたちは少しの疑念を懐きました。自分たちが助力せずとも、この国のヒトたちだけで作業をおこなったほうが効率的なのではないか、と。
そのことを言うと、
「とんでもない!」
ボランティア活動の管理者のひとりが言いました。
「いまこの国が困難な状況にあるとより多くのヒトたちに“伝えるため”には、より多くの人材が必要なのです」
それから管理者は、野営テント内のテーブルの上に置かれてあった紙の束を、バスで訪れた志願者たちに配布します。
「あの……これは?」
「台本ですよ」
「は? いまなんと?」
「ですから、台本です。この国がいかに困難な状況にあるかを、より多くの視聴者に効率良く“伝えるため”の」
「…………」
「さあ、まごまごしているヒマはありません。台本に目を通してください。そして、この国のために、あなたに与えられた役割を演じてください。そうすることで、より多くの資金が――」