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小話:其の壱百《おんりーわん(仮題)》

【温室内での足の引っ張り合いのその先へ、という意】

《おんりーわん(仮題)》


「……はぁ」

 その青年は肩を丸めて、トボトボと家へ帰る道を歩いていた。

 今日、どうにも落ち込んでしまう出来事があったのだ。“あること”で他者と比べられ、お前は劣っていると蔑むような複数の眼に見下された。自分だっていつか一番になってやるっ! とは思うものの、いまは悔しさと精神的な痛みで、どうにも肩が丸まってしまう。

「おや?」

 落ち込んだからといって下ばかりを見て歩いていては非常に危険なので、やれやれといったふうに顔を上げてみたら、その青年はそこにとてもよいものを見た。

 あるハナ屋の前で、困ったふうに笑みを浮かべている美しい女性の姿があった。落ち着きある身なりをしており、大人の女性というふうである。

 どうやら、ハナ屋の“ハナ/商品”を前にして、どれにしようか迷っているようだ。様々な“ハナ/商品”は、小さいモノから大きいモノまでどれも個性があり魅力的であるから、迷ってしまうのも仕方がない。

 その美しい女性は、なかなかどうして、その青年の好みのすべてを備えていた。彼にとって今日は今日であるから、せめてもの慰め、目の保養として、しばらくその美しい女性を見やることにした。あわよくば、どこかのタイミングで話しかけ、究極的にはお茶でもできたら、という思いもある。

 ――しばらくしてから。

 その美しい女性は、ハナ屋の店内へと入っていった。どうやら、どれにするか決まったらしい。

 話しかけるとしたら、彼女が店から出てきたところしかない。その青年は、短距離走のスタートラインで合図を待って構えるランナーのように、ハナ屋の出入り口を凝視して時を待った。

 ――そして。

 その美しい女性は素敵な笑顔を浮かべて、ハナ屋から出てきた。彼女に続いて、店から出てくるモノもあった。彼女がハナ屋で購入した“ハナ/商品”――筋骨隆々たる大柄な男性と理知的なふうある細身の男性、可愛らしいふうの小柄な女性である。

 どうやら、その美しい女性は、とても満足のいくよい買いモノをしたようだ。思わず見つめてしまう、花咲くような素敵な笑顔をしている。

 ハナ屋とは、国益のための人的資源を販売する専門店の通称である。人的資源という意の“ヒューマン・リソース/human resources”という言葉の“h”、国益という意の“ナショナル・インタレスト/national interest”という言葉の“na”、まるで花を売る店のような販売形態から、そのような通称で呼ばれるようになったらしい。

 世界中の優れた能力を有する人々から遺伝子情報を頂戴し、それをあらゆる最先端の技術を駆使して組み合わせ、“勝ち残れる”ようそれぞれ個性的に改良し、優れた人的資源を生産、販売する。少子高齢化というこの国の抱える問題を解決するために考案された、とても画期的なシステムである。

 ――そして。

 そんな優れた“それら/それぞれの一番”を従える“そのヒト/そのそれぞれの一番を有する唯一のヒト”を振り向かせられる言葉を、“肩を丸めたその青年/なんら一番を有さないということを有している唯一のヒト”が持ち合わせているわけもなく。

 去りゆく複数の背を、彼は望まれてもいないのにお見送りした。

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