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キュウキュウニョリツリーッ! その2

 Kがそのことに気づいたのは、五日前のことだったという。

『みすまる』からの帰り道、背後から誰かの視線を感じる。

 振り返っても怪しいものは見当たらず、そのときは気のせいだとも思ったが、その後も似たようなことが何度かあり、いよいよ薄気味悪くなってきたというわけだ。


「ストーカーねえ、物好きもいるもんだ」


 自意識過剰というか、よくもまあこんなに図々しくなれるものだ。

 鏡を見てから出直せと言ってやりたいところだが、俺はKに情けをかけてやった。

 小学生に惨敗した後では、可愛い子アピールして面目を保ちたくなるのも無理はない。


「オラァ、Cタケ、お前疑っとるやろ……」


 人がせっかく信じてやったというのにこれか。

 俺たちがにらみ合いを始めると、すかさずパラガスが割って入ってきた。


「まあまあ。気のせいならそれが一番だけど、念のために駅まではマッシュが送ってあげたら?」


 ふざけるな。俺は断じてアッシーなどではない。

 なぜパラガスには俺の矜持が理解できなくなってしまったのだろう。

 アキノリ共ならともかく、せめてパラガスにだけは、こんな呪わしい発想を口にして欲しくはなかった。

 Kが出入りするようになってからというもの、パラガスは本当におかしくなる一方だ。


「ハァ? なんでウチがコイツと一緒なん?」


 Kは眉をひそめて俺に一瞥をくれてから、パラガスに抗議した。

 

「俺だって願い下げだ! そんなことして、人に見られたらどうするんだ!」


 こんなDQNとご一緒するなど、そんな屈辱は寧ろその物好きにくれてやる。

 いや待て、そうだ、思いついたぞ。

 

「確かめればいいじゃないか、ストーカーが出てくるかどうか」




 俺たちはKを『みすまる』に残し、向かいのカフェのテラス席で店の入り口を見張った。

 今のところ、テラスにも、室内にも同業者はいない。

 店の中にいるのは、オハバンとギャルと女連れだけだ。

 俺は背中を丸め、音もなくウィンナーコーヒーのホイップクリームをかじった。


「マッシュ、やめなよ。行儀が悪いよ」


 黙れ。俺はクリームソーダのメロンソーダとアイスクリームを別々に食べる派なのだ。

 相手がウィンナーコーヒーになったからといって流儀を変える筋合いはない。

 クリームをかき混ぜては、ドリンクの味が濁るではないか。

 それでもホイップクリームが半分に減り、コーヒーが僅かに白濁し始めたころ、Kが『みすまる』の中から姿を現した。


「駅の反対側からは誰も来てないな。パラガス、そっちはどうだ?」


 Kを見失わないように、間を空けて追わなくては。

 カップを傾けて一気飲みしようとしたせいで、鼻にホイップクリームがついてしまった。 

「いないよ。見張りに気付かれたかも?」


 パラガスは僅かに身を乗り出して通りを見渡してから、小さく首を振った。

 とにかく勘定だ。

 鼻を拭いてから残ったコーヒーを飲み干し、席を立とうとしたそのとき、『みすまる』の真上からロープが垂れ下り、何かが滑り降りてきた。

 くノ一だ。

 俺はコーヒーをカップの中に吹き出し、パラガスのパーカーに染みが出来た。

 

「うわっ! どうしたのさ」


 パラガスは顔をしかめてウェットティッシュでパーカーを叩いたが、俺の指さす先に気付いて、素っ頓狂な声を上げた。

 まあ、取り乱してしまうのも無理はない。

 アキバでもなく伊賀の里でもない地方都市の真ん中に、突如としてくノ一が現れたのだ。

 それも真面目な黒装束ではなく、格ゲーやAVに出てくるエロくノ一の格好で。

 冷静に対処できるのは、俺のように見慣れている者だけだろう。


「追うぞ、パラガス。アイツだ、絶対アイツが怪しい! 見るからに怪しい!」


 大股で店内を通り抜け、俺は注文票に千円札を二枚挟んだ。

 釣りはいらん!

 注文票をレジに押し付け大通りに飛び出し、大急ぎでKに電話をかける。

 早い。Kもちゃんとスタンバイしていたようだ。


「かかった! 女だ! ゆっくりと振り返らずに同じブロックを回れ!」


 電話越しに、Kの押し殺した声が聞こえる。


「ハァ? 女? 何やそら」 


 説明してほしいのはこっちの方だ。

 レズなのか怨みを買ったのか知らんないが、一体どこで目を付けられたのだろう。


「女だけど、ヤバい奴だぞ、色んな意味で」


 説明は後回しだ。

 とりあえず脅しをかけてアクオスをショルダーバッグのポケットに突っ込み、俺はパラガスと一緒にくノ一を追いかけた。

 ポニーテールをなびかせながら、背の低いくノ一は素早く物陰を渡ってゆく。

 出だしの懸垂降下といい、よくもまあこんな派手なストーキングを敢行できるものだ。

 どこかでドッキリカメラが回っているんじゃないのか。


「マッシュ、青信号だ」


 点滅する信号に滑り込み、反対側の歩道へ。

 二筋先の交差点を、Kが右に曲がった所だ。

 続いてくノ一が角に消え、俺たちも小走りで追いかけた。


「よし、ここから先は忍び足だ」


 手を伸ばしてパラガスを制してから、俺はさりげなく角を曲った。

 くノ一は数m先、スクーターの陰に屈みこんでKの様子を窺っている。

 クリアリングを忘れているぜ、くノ一さんよ。

 俺はKにもう一度電話をかけ、小声で素早く指示を出した。


「ここで捕まえるぞ。電話してる振りをしろ」


 それホンマ? マジキモくね?

 Kは大声で教師の悪口を始めた。

 他人を騙そうとしている奴ほど簡単に引っかかるとは有名なDwDプレイヤーの言。

 このくノ一も聞き耳を立てるばかりで、全く振り返る気配がない。

 俺はパラガスにアクオスを押し付け、通行人の振りをしてくノ一に後ろから近づいた。

 間合いが詰まるにつれ、くノ一の正体が次第に明らかになってゆく。

 背は俺やKより一回り低く、黒いタイツとラッシュガードで手足の色は見えないが、僅かに見えるうなじは妙に生白い。

 今だ。俺は手を伸ばし、くノ一のポニーテールを捕まえた。


「忍者ごっこはお終いだ! 訳を話してもらおうか!」


 決まった。本職の役者でも一発でこう上手くは行かないだろう。

 もう少し背が高くて偏差値が低ければ、舞台俳優を目指してもよかったのだが。


「嫌ーっ! 手籠めにされるーっ!」


 糞、人聞きの悪いことを抜かしやがって。

 向うで子供連れのオバハンがこっちを見ているじゃないか。

 俺はくノ一の口を塞ごうとして、思い切り噛みつかれた。

 鋭い痛みが指に突き刺さり、今にも左手がバラバラになりそうだ。

 大きな悲鳴にパラガスとKが駆け寄り、俺からくノ一を引きはがした。


「さっさと答えんかいワレ!」


 気が付くと、Kがくノ一を後ろ手に捕まえ、関節を極めていた。

 流石というか、こういうことだけは妙に手慣れている。


「マッシュ、それ、大丈夫?」


 大丈夫なわけがあるか。

 俺は熱に疼く傷跡を舐め、表面がへこんでいるのを確かめた。

 剥き出しになった肉の縁は紫色に変色し、指全体が赤らんでいる。

 自分で言い出したことはいえ、Kに付き合うと碌な目に遭わない。


「放すでオジャル、不埒者! ソナタが師匠をたぶらかそうとしていることはお見通しジャ!」


 くノ一がもがくたびに、ヘアゴムについたガラスの蓮華が日の光を受けてきらめいた。

 怪しげな発音のお公家言葉で喚く、コイツは一体何者だろう。


「師匠って、誰……」


 覗いた拍子にくノ一と目が合い、俺は一瞬言葉を失った。

 昼下がりの太陽に輝く、アクアマリンの大きな瞳。

 それは絵に描いたような、金髪碧眼の美少女だったのだ。

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