つべこべ言わんと作れや! その6
「マッシュ、前提が間違ってるよ。ユキト君はベテランじゃないか」
パラガスめ。お前は一体どっちの味方だ。
俺は目元に力を込めてパラガスを睨み付けた。
今コイツらを追い返さなければ、俺たちのオアシスは征服されてしまうかもしれないのだ。
ここはお世話になっているマスターのためにも、俺に味方するのが筋ではないのか。
「細かいことはおいておいて、とりあえず試合を通しでやってみましょう。試しにキャラを出してみてください。裏向きにカードを出して、同じ色の手札を捨てて……そう、それで表向きにすると、出したことになります」
不味い。いつの間にかパラガスがティーチングを始めている。
本人はお人好しでやっているつもりだろうが、いい迷惑どころか俺は大ピンチだ。
攻撃するでも展開するでもなく、パラガスは呪文の的にするためわざと小さいイコンを並べたり、ガードさせるためだけにか弱いイコンに攻撃させたりした。
こんなものは本当の試合ではない。形だけのおままごとだ。
見ているだけで吐き気がこみ上げ、頭がキリキリと締め付けられる。
何とかしてこの茶番を止めさせなければ、こっちがおかしくなってしまう。
俺が拷問に耐えながら突破口を探っていると、糞ビッチがとうとう自滅プレイをしでかした。
パラガスのイコンが三匹も並んでいるのに、場をがら空きにして大型イコンを出そうとしたのだ。
「違う! なんでそこでステファニーを出すんだ! アニメイトに二匹もイコンを使ったら、次のターン守り切れなくてアウトだろ!」
俺は糞ビッチからステファニーを取り上げ、ありったけの声でどなり散らした。
この場での正解は「赤羽白の巴を使って先ほど捨てたミステルの枝を手札に戻し、相手に攻撃を躊躇わせて次のターンステファニーをカーナ」だ。
これなら除去以外での横やりは入ってこないし、パラガスが出したイコンに後出しで対処できる。
流石にそこまで的確な処置をこの能足りんに求めるのは酷というものだが、守り手が足りていないことくらいは幼稚園児にだって分かりそうなものではないか。
現にユキト達も声を押し殺して笑っている。
こんなバカに使われた俺のデッキが不憫でならない。
「そ、そんなん分かってるし」
糞ビッチは言い訳しながら巴をカーナしたものの、手札に戻したのは肉球アニスだった。
「違ーう! お前攻めることしか考えてないだろ! 守らなかったら敵の攻撃で死ぬの! あっという間に負けるんだよ!」
糞ビッチは盛大に舌打ちしてアニスを墓地に叩きつけた。
効いている。アドバイスがこの上なく効いている。
しかしこの絶好のチャンスにも、パラガスは結局攻撃せずにターンを終えてしまった。
この勝負、何が何でも負けるつもりらしい。
対する糞ビッチも期待を裏切らない。
休む間もなく、次のターンでまたポカをやらかした。
「お前さあ、何でそこでアニスを伏せるんだ? 手札が減ったら殴り切られるって、さっき言ったばっかりだろ? 鶏でも3歩歩くまでは覚えてるっていうのに」
そもそもアニスは、ステファニーに連続攻撃させるために入れたのだ。
初心者は片っ端から無軌道にカードを出そうとするから困る。
俺は肩をすくめたついでに、鶏が羽ばたく真似をした。
「オイワレ、立場分かっとんのか? ホンマに絞めたってもええんやで。このチキン野郎」
突然大男が俺の襟首を締め上げ、俺はなすすべもなく宙で足をばたつかせた。
喉元で息がせき止められ、天井の八間は黒いノイズがかかって見える。
ギャラリーの悲鳴が遠のく中、俺はプライドをシャワー室に送り込み、大男に平謝りした。
「言い過ぎました、言い過ぎました。すんません、ホント反省してます……でも、危なかったのは本当なんですよ。安全を確保するのは」
どうだ。つま先さえも地面についていないが、間違いなく平謝りだ。
俺の大人な対応に好きなだけ恐れ入るがいい。
「ヒロキ、降ろしなよ、オッサンに口挟まれると面倒でしょ?」
ロッカーもどきに諭されて、大男は漸く俺を解放した。
感情的になったのは失敗だったようだ。
理不尽な扱いを許すつもりは毛頭ないが、とにかく今は冷静になるしかない。
糞ビッチがどんなに墓穴を掘ろうとどうせパラガスは見逃すだろうし、そもそも糞ビッチが勝とうが負けようが俺には関係ないではないか。
横やりが入らぬよう、いかにもアドバイスっぽい言い方で糞ビッチを惑わせるのだ。
「したら、アニスでガード」
俺が死にかけていた間に、ゲームが進んでいたらしい。
盤面を見渡して、俺は早速ため息をついた。
糞ビッチの手札には、カウンター付の「黒い羽」がある。
カウンターが決まれば逆転できる場面、この鶏女は、まさかあれをガードしたというのだろうか。
俺のデッキに、俺のデッキにこんな無様な戦いをさせるとは。
俺の努力と才能の結晶を汚した罪、その手を切り落とした程度で償えると思うなよ。
思わず口出ししかけて、しかし、俺はプライドを飲みこんだ。
そう、糞ビッチが負けたところで、俺の失態ではない。
どんなにデッキが強くとも、プレイヤーがヘボでは勝てぬ。
それを証明するのが当初の目的だったはずだ。
俺は震える指で糞ビッチの手札を指さし、親切そうにアドバイスしてやった。
「お前さあ、黒い羽を殴らせたら逆転できるの、分かってる?」
糞ビッチは黒い羽のテキストを読み直し、小さく声を上げた。
「え? あ、マジ? ……ホンマやん!」
やっぱり分かっていなかった。
この愚かさ加減で、よく大会に出ようなどと思えたものだ。
一回戦敗退をキメて猿のようにキレ出すところがありありと目に浮かぶ。
「しかも、次のターンで一気に決められる可能性がある。ただそのためにはレーヌをどかさないとダメだ」
言われて、糞ビッチはパラガスのカードに目をやった。
木目の浮かんだテーブルの上で、「除霊師レーヌ」は厳かな虹色の光を放っている。
「レーヌは黒い羽の射程圏外だからな。パラガスが単体除去を警戒して先にレーヌを殴ってくれれば何とかなるが、問題は取り巻き二匹が先に攻撃してきた場合だ――」
俺はわざと話を切り、レーヌの隣に並んでいる、ジャスミンとカチューシャを指さした。
糞ビッチは食いついてきている。ちっぽけな脳味噌をパンクさせるチャンスだ。
「そのときはどーしたらええん?」
糞ビッチの質問に、俺は懇切丁寧に答えてやった。
今この瞬間にどれだけの手筋が生まれているか、その奥深さを思い知るがいい。
「アタックを通すと、ナージャが残って手札が一枚になる。このままでは黒い羽が残っても意味がない。何でか分かるか?」
聞き返されて、糞ビッチはテーブルの上に視線を巡らせた。
憐れなDQNよ、今までロクに頭を使ってこなかったツケが回ってきたな。
カードゲームはインテリの嗜みだ。お前には門を叩く資格すらない。
せいぜい浅知恵を晒して俺のダメ出しを食らうがいい。
「ええと、殴り切れんから?」
瞳を僅かに揺らしながら、糞ビッチはかすれた声で答えた。
クソ、だからお前は糞ビッチなんだ。こんなときだけマグレで当てやがって。
今ので間違いなく毛細血管が二、三本やられたが、まあいい。
糞ビッチの脳味噌がオーバーフロー寸前なことに変わりはないのだ。
「あー、はいはい、そうですよ。で、何が邪魔なのかというと、この場合はナージャなわけだ。ナージャが起きてるとお前は命拾いする。逆にナージャが寝ていれば……」
死に底なった糞ビッチに止めを刺すため、俺は矢継ぎ早に質問を繰り出した。
手こずらせやがって。これで終わりだ、忌々しいDQN共め。
「ナージャがガードできひんかったら、そのままやられてしまうん? あれ? ……ちゃう、黒い羽が出るから……でも、ナージャを退かすなんてどないしたら……」
俺は笑いをかみ殺しながら、冷ややかに糞ビッチを見下ろした。
入ってきたときの威勢はどこへやら、今や糞ビッチはおたおたと無様に目を回すばかりだ。
そのアホ面をUストで流してやっても俺を殴った積荷はまだまだ足りないところ、これだけで見逃してやる俺の寛大さに感謝するがいい。
「お前さあ、頭大丈夫? ナージャでガードするだけじゃん。ちゃんと話聞いてた?」
糞ビッチの顔は真っ赤になり、流れ落ちる汗にアイシャドウが溶けてシュールレアリズムの様相を呈している。
見たかDQN共、これが知性の勝利だ。
まあ、こんな当然の結果、誇る程のものでもない。
俺の作戦が成功することは、立てた時から保証されているのだから。
「……ええっと、いいかな? 除霊師レーヌで手札にアタック」
実に涙ぐましい努力だ。パラガス様のお優しいことよ。
これでは読み合いもクソもない。
あっけない幕切れに俺は小さく鼻を鳴らした、筈だった。
「え? え? ナージャ? ナージャでガード!」
糞ビッチは真っ赤な顔で自らの勝利を迎撃した。
黙っていれば勝てたものを、何故こんな器用な真似が出来るのか。
ポンコツぶりが深刻過ぎて最早素直に嘲笑うことさえ出来ず、それどころか気の毒になってきた。
パラガスもこれには度肝を抜かれたらしく、笑顔を忘れて凍り付いている。
「……つ、続けてカチューシャで手札にアタックします……」
しばらくして、パラガスは自滅のための攻撃を再開した。
その上一発目は見事に外れ、二発目で漸く黒い羽を引き当てた時には動けるイコンなど一匹も残っていない。
何のための黒い羽だ。既に糞ビッチの攻撃は素通りではないか。
「しまった、ガードできるイコンが残ってない」
小型イコンを一掃されてパラガスは白々しいリアクションを見せたが、そんなものは元々いない。
次のターン、最高に疑心暗鬼な糞ビッチの攻撃が決まり、新喜劇は幕を閉じた。
ティーチングとはいえ、ここまで壮絶な譲り合いを俺は今まで一度も見たことがない。
「なんてゆーか、まあ、お疲れ」
俺が軽く肩を叩き用済みのデッキを回収すると、DQN達は糞ビッチに駆け寄った。
糞ビッチはすっかり燃え尽き、仲間たちの声に応えることもなく時空の彼方を見つめている。
「ドレスのことは残念だったけどさ、元々全国大会とか無茶苦茶な話だったんだし、このことはすっぱり忘れよ? 無理してこんな奴らと付き合うことないって」
「そうそう、キモオタの遊びに必死になるなんて、蛍には似合わないってゆーか」
「そーだ、この後皆でカラオケ行かね?」
「それや!」
DQN共は自分たちで話をまとめ、そそくさと逃げ帰って行った。
聞き捨てならない台詞がいくつかあったが、俺は大人だ。忘れてやる。
これだけコテンパンに恥をかかされては、奴らも簡単に戻っては来れまい。
かくして俺の英雄的行為により、カードショップ「みすまる」の平和は守られたのだった。