勝てるかどうかは考えるな その5
ビルの陰から現れた巨大な茶色いダンゴムシ。
本日の試合会場、ワールド記念ホールである。
DWDの大会さえ隣の展示場でこそこそ開いていたというのに、一体どこの誰が兄貴にあんなものを貸したのだ。
「久し振りに見るとでかいな……」
歩道橋の上で足を止め、俺はしみじみと呟いた。
「ああ、一昨年神コレで来た時以来や……」
Kの声からも、静かな熱を感じる。
否、会場の放つ斥力がここにまで届いているのだ。
「この二年、お前が遊んでいたわけではなかったということを教えてやれ」
そう、今こそ雪辱の時。
俺はKに向き直り、力強く頷いた。
「二週間しか経ってへんけどな……借りは利子つけて返したるわ」
待て。
一昨年という言葉は、一体どこから出てきたのか。
俺が訊ねると、Kは会場を見据えたまま真相を明かした。
「神コレゆうたやろ。一遍ルミたちと、秋のコレクション見に来たことがあってな」
全く、紛らわしいにも程がある。
大会の話をしているときに、物見遊山の話をする奴があるか。
言い返しそうになるのをぐっとこらえ、俺は感動的な激励の言葉をくれてやった。
「いいか、今日のお前は、ステージを下から見に来たわけではない。トーナメントの頂きまで、上り詰めて見せろ!」
結果を出してくれるなら、一日主役の座を譲ってやってもいい。
外野からでは解説もしにくいしな。
「Cタケ、お前上手いことゆうた思ってるやろ」
Kは感謝するどころか、ニヤニヤしながら俺を小突いた。
いくら試合前だからとはいえ、こんな奴を相手にサービスしてしまったのは愚行と評すほかない。
思い違いを正す機会は、しかし、あっけなく奪われてしまった。
「師匠ー! 早く行かないと並ばされるでオジャルよー」
いつの間にか、皆は階段を降りている。
どころかKを急かそうと振り向いている間に、当人にまで置いていかれてしまった。
「K! 貴様、荷物を全部人に持たせておいて、一人だけ先に行く奴があるか」
俺は走って本隊を捕まえ、喘ぎながら会場にたどり着いた。
入り口前の広場には既に何組かが集まっているが、可哀相女の姿はない。
「やはりこれだけ大人数だと目立ちますね」
大規模な大会でも、最初から徒党を組んでいるプレイヤーは多くない。
ファンクラブを引き連れているのは、それこそ源くらいのものだ。
俺達を見ている連中の中には、自分達以外にカード女子がいることを始めて確認したものもいるのではないだろうか。
「7人いて参加するのは3人だけってゆう」
アキノリの不平に、俺は仕方なくツッコミを入れてやった。
「それを言うなら、京子ちゃん1人にファインマンさんと奥さんがついて来てるではないか。後きざし君」
ファインマン三世とて、いつまでも親父セコンドに甘んじているつもりはあるまい。
向うもこちらに気づいたのか、両親を置き去りにして京子ちゃんが猛進してきた。
最前列に踊り出し、迎え撃つはトリシャさん。
「ここで会ったが百年目! 今日は一つお手柔らかにノ」
子供達にとって、トリシャさんは不思議の国からの使者であり、その実在の証明である。
トリシャさんが本物であることに疑いを微塵も抱いていないことは、京子ちゃん目の輝きを見れば明らかだ。
「トリシャちゃんのお洋服、可愛い! お正月みたい!」
そうか、そういうことか。
声をあげ、互いに顔を見合わせる仲間達。
京子ちゃんが指摘するまで、ここに居る全員が欺かれていたのだ。
「……今朝パティと合流した時、ただの巫女装束でほっとしたんです……」
八汐さんを笑う者は、無論この中に一人もいない。
「取りあえず、受付行ってくるわ」
一応順路が設けられているが、まだ並んでいる者はいない。
女性限定などと半端に進歩的な姿勢を装った末路がこれである。
他地域の結果を受けて、兄貴も今ごろ頭を抱えていることだろう。
K達の受け付けも一瞬で片付いてしまい、三人は5分とせずに戻って来た。
「よし。まだ少し間があるが、会場に向かうか」
全力で睨みつけられ、俺は思わずたじろいだ。
真っ当な提案をしただけだというのに、一体何が気に食わないというのか。
「お姉ちゃん、お願いだから目を覚まして!」
この声、聞き間違えるはずもない。
オタクを迫害し人類の進化を阻む反動勢力の尖兵。
「出たな! 可哀相女!」
アキノリめ、なぜ俺が言うまで待てないのだ。
遅ればせながら振り返ると、果たして可哀相女は白々しい涙を浮かべている。
「お姉ちゃんは、その人に騙されてるんだよ! カードで勝てるようにしてしてやるとか都合のいいことを吹き込まれて、いいように使い捨てられるなんて……お姉ちゃん、なんて可哀想なのかしら!」
アキノリ達には一瞥もくれず、可哀相女はさりげなくソシャゲ男に抱き付いた。
やはり奴の狙いは、最初からK一人のようだ。
「ほな試してみい。ウチがこの一週間で、どんだけ強なったんか」
Kが不敵に笑いかけると、可哀相女はキレキレのツイストをかまし、潤いさらさらヘアーを体に巻き付けた。
「どうして分からないの! 遊びの勝ち負けなんかより、もっと大切なものがいくらでもあるじゃない。このGWだって、もっと違った過ごし方がいくらでもあった筈なのに」
もっと大切なものとは、お互いをランク付けし合う浅薄な愛や友情のことではあるまいな。
TCGを侮辱されたというのに、俺は腹を抱えて笑ってしまった。
「貴様らのように低俗な猿に、TCGの深遠さが理解できる筈もなかったな……いいぞ、貴様は一生まがい物のラブ&ピースでも拝んでいろ」
カードゲーマーにも常識人を気取って友愛だの修養だのを唱える者がいるが、そんな連中は二流三流の愚か者に過ぎない。
「貴様ごときには難しすぎるだろうが、教えてやろう……TCGの神髄はゲームの外ではなく、その深奥にこそある! 勝敗を司る創意、理論、演繹。それら全てが有史以前より人類を導いて来た文明というものの本質であり、未来へと到達させる無尽蔵の推力に他ならない! TCGは、人類が神へと向かう偉大なる計画の縮図なのだ!」
理解を超えた真実を前に、他人を煽る余裕も失ってしまったのだろう。
可哀相女は目に見えて狼狽え、ふらふらとたたらを踏んだ。
「え? 何それ? どういうことなの?」
こうなってしまえば、流石の可哀相女も最早ただの可哀相な女である。
自分が煽っていたはずのKやアキノリから失笑を買っているのだからな。
「行こう、憐。こんな奴に付き合う必要ないよ」
旗色の悪さを察し、ソシャゲ男は可哀相女を連れて退散した。
「流石師匠でオジャル! あの奸賊輩に反論の余地すら与えヌトハ!」
俺の弁舌に感銘を受け、ガッツポーズをとるトリシャさん。
ところが何故か八汐さんは、そのトリシャさんを怒鳴りつけたのだった。
「感心するところではありません!」




