勝てるかどうかは考えるな その1
今はただ、勝つためにできることを、一つ一つ積み重ねるだけだ。
朝食を平らげ、どら焼きを餞別に兄貴を送りだすと、俺達は座学を始めた。
メタデッキ以外のデッキをネットで片っ端から漁り、マイナーなカードをカードリストで確認する。
普段見かけないカードやデッキの中にも、高いポテンシャルを持つものは少なくない。
そういったデッキに当たった時、適切に対処できるかどうかもまた、プレイヤーの腕の見せ所である。
「特にコンボの起点となるイコンは、速攻で片付けるようにな。いわゆるマスト除去と言うやつだ」
水木ならピーピングで対処できるのだが、俺達には除去とクリアしか手がない。
限られた弾を、正しく使う必要がある。
「分かるもんなん? その、マスト……アイテム? 」
DQN脳が抜けきっていないKのために、俺はいくつか例を開いて見せた。
「マスト除去だ。例えば……トリシャさんのデッキに、死霊使いのソーダが入ってたろ。他にもカンカンとか、アルファとか、棒立ちさせて効果を使い続けるタイプのイコンがそうだ」
持続的に機能する、いわゆるシステムイコンをトーナメントシーンで見かけることはそうない。
対処能力の高い水木除去コンと当たると、最悪効果を使う前に潰されてしまう可能性があるからだ。
実戦で重宝されるのは、直ぐ機能して使い捨てられる、CIP持ちのイコンである。
「後手でいくらでも対処できるとはいえ、気づかずに何度も効果を使われるとアドが開いてしまうからな。今のうちによく覚えておけ」
早撃ちスタンロックのページから戻ると、エンガワさんのデッキリストが現れた。
リストの中ほどに刻まれた、青いジャックの文字。
肝心の可哀相女は、またジャックを使ってくるだろうか。
「何? 強いデッキあったん?」
決して強いデッキではないだろうが、これは今見ておくべきデッキだ。
俺はジャックの文字をダブルクリックした。
「いや、可哀相女は何を使うのかと思ってな。ジャックのついているイコンも、大体がシステムイコンだし……」
ジャックが流行らないもう一つの理由はそれだ。
直ぐに効果が出る訳ではないので、見てから対処しても間に合ってしまう。
クイックに使えるのは、先日食らった金のリンゴくらいのものである。
「これにしても、フェルミを使ってスペルを抑えたり、ガードを防いだりと……何かを抑止するために使っているな」
極端な話、自分のイコンが全て行動済みならジャックを受けることはない。
結果として相手のイコンにアニメイトやガードをさせないこと、あるいはさせることで元を取ろうという話になる。
「効くんは不意打ちんときだけか」
鼻を鳴らしたKに、俺は釘を刺した。
「とも限らない。場を固めて見合いに追いこむとか、ジャックをちらつかせてフォロアを狙うとか。一体ジャックするだけでも二体止められることを思えば、防御手段としてはなかなかかもしれない」
あの女が、一度見せたデッキで再戦に臨むとは思えない。
こちらの想定を逆手に取って、足下を掬おうとするはずだ。
「フォロアゆうても、ガード用にイコン残しとくわけにはいかんしな。結局、天秤とかミサでこっちから潰すしかないんちゃう?」
金のイコンは全属性中最弱。
天秤が入ってることが木火フォロアビートの強みである以上、Kの言う通り除去で押すが正解だ。
相手の裏をかけば罠を避けることはできるが、裏か表かを選ばされている時点で半分負けている。
「せやけど、出たとこ勝負はな……Cタケ、ジャックの入っとるデッキはないんかい」
俺が用意した仮想的は、メタゲームの3大派閥と俺のオリジナルくらいのものだ。
ジャックメインのコントロールがトーナメントで勝ち上がってくることなど、本来ならありえない。
可哀相女の顔を思い出すと、しかし、平気で勝ち進むような気がしてくる。
カードゲームを馬鹿にしていた癖に、ネタ師の見本みたいなデッキを使いやがって。
オリジナルのデッキで好成績を残したいネタビルダーが、全国に一体何人いると思っているのだ。
「ジャックは最初から見切っていたからな。デッキどころかパーツがないし、俺にもノウハウと呼べるほどものはないぞ」
俺は腕を組み、デスクチェアにもたれかかった。
仕方がないではないか。
あんなもの、使う価値も使われる可能性も皆無に等しかったのだ。
「ええい、使えんやっちゃな! もうええ、他を当たるで」
まさかジャックの使い手を探し出して、わざわざ会いに行くつもりではなかろうな。
俺が問い詰めると、Kは一週間ぶりに俺の頭をしばいた。
「よう知っとる餅屋がおるやろ。トリシャのヤツや! 今日『みすまる』で会えるか、ライン送ってんか」
俺としたことが、またもやトリシャさんのことを忘れていた。
今すぐスパーリングに付き合ってくれそうな、ネタデッキの専門家。
ジャックに興味が湧いたのだが、今まで手を出していなかったもので効果的な運用が分からない。
carna研究の第一人者であるトリシャさんにご教授賜りたく、願わくば複数のバージョンをご持参いただき実際の運用を拝見できないものか。
送信から3分と待たずに、トリシャさんの返信は届いた。
「今日の昼過ぎにはもとより『みすまる』に参るつもりでオジャッタ。師匠の頼みとあらば、拙作『曾根崎心中』『五枚舌』他、予備のカードも持参するヨシ」
これぞまさしく、願ったり叶ったりというものだ。
特訓が始まってからこちら、ずっとマンツーマンの指導が続いていたが、俺達だけでできることには限りがある。
デッキやプレイングを詰める上でも、より多くのプレイヤーとの対戦が必要だ。
座学を早めに切り上げ、俺達は冷凍のきつねうどんを湯がいた。
「しかし、この生活が始まってから、殆どビタミンを採れていない気がするな」
俺がぼやくと、Kはドンブリの縁に箸をかけ、しれっと答えた。
「せやさけ昨日、野菜生活買うてきたやないか」
ジュースでは少々心もとないが、ないよりははるかにマシだ。
すぐに飲めて冷蔵庫で保存でき、便利なのも間違いない。
「だが、栄養価だけじゃなくてだな……マトモに野菜を食べないといけない気がしないか? 人間として」
油揚げに乗ったネギを、俺は一つ一つ摘まんで食べた。
フリーズドライの青ネギに歯ごたえはなく、マトモな野菜からは程遠い。
「カレーさらけてからこっち、こんなんばっかやしな……節約がてら、たまには料理するか」
随分と悠長な口ぶりで、Kは自炊を宣言した。
Kがこの調子となると、場合によっては俺が一人で作るべきかもしれない。
「俺も手伝おう……いささか心配になってきた」
俺が溜息をつくと、Kはうどんを咥えたまま固まった。
「え? 料理するん? Cタケが?」
うどんをすすり上げ、目を白黒させるK。
すると思われるのは御免だが、できないと思われるのもまた癪である。
「無論、普段はせん。あんなもの、男の仕事ではないからな」
それなのにあのヘボ親父は、事あるごとに料理を手伝わせるのだ。
死期を察した母親でもあるまいに、息子に料理を仕込んで一体どうするつもりなのだろう。
「親父さんて、イケメンの? 医者なのに料理できるとか、ガチでイケメンやな」
何というロマンティックな想像だ。
もし親父が医者であったなら、料理ができなくても尊敬できたのだが。
俺は溜息をついて軟弱なうどんをすすり、それからまた溜息をついた。
「違う。表の医院はお袋のものだ。親父など、主夫という名のヒモに過ぎん。地下の喫茶店だって、お袋が買い与えてやったようなものだ」
それも、ランチタイムとティータイムにしか開いておらず、客の大半はスタッフと来院者というから恐れ入る。
「なんやお前んち、カフェまでついとるんか? マジでケンカ売ってるやろ」
何を色めき立っているものやら。
Kはさも不機嫌そうにうどんを平らげ、カウンターにドンブリを乗せた。
「そんなに羨ましかったら、一度行ってみろ。兄貴からしてあの調子なんだ。パフェの一本や二本、何も言わなくても出してくれるだろうさ」
口にしてから、俺は己の過ちに気が付いた。
Kめ、店を見てみたいなどと言い出しはしないだろうな。
出発を早めるべく、俺は大急ぎで油揚げを頬張った。




