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お前もやるようになったな! その8

 左右共に敵影なし。

 俺の存在は既に察知されている。

 待ち伏せされているとしたら、ダイニングの入り口か。

 俺はリビング側からの迂回を選択し、音を立てないよう小さくドアを開けた。

 静かな薄闇の奥から差した、テレビの声とオレンジ色の光。

 さらにドアを開き、ダイニング側を伺うと、居た。

 茶髪の男がテーブルにつき、漫然と天気予報を見ている。

 既に見つかっているというのに、なんという図々しいコソ泥だ。

 忍び足で近づいても、こちらに気づく様子もない。

 あと2m、あと1m、50cm。

 ゴキジェットを構えてにじり寄ると、漸く男は座ったまま俺を振り返った。


「武志! 久し振りだな……何? 髪切ったの?」


 そんな愚問に答える義理はない。

 聞きたいことがあるのはこちらの方だ。

 

「兄貴! なぜここに?」

 

 返答次第によっては撃つ。

 同じ血を分かち、共に育った兄弟だからといって、油断してはならない。

 この軟派男はクインズカップの首謀者にして、メタゲームを陰で操る絶対の支配者なのである。

 物心ついたころから、いったい何度コイツに欺かれ、辛酸を舐めさせられたことか。

 進学を機に上京し、盆と正月にしか帰らなくなってから早や6年。

 代表取締役などという俗っぽい肩書が付いたくせに、学生の時と何も変わっていない。


「会場の下見でさ。経費ケチって夜行で来たから、家でシャワー浴びてこうと思って」


 一人でちゃんと生活できてるか、若干心配でもあったしな。

 兄貴はキザったらしく、片手を掲げた。

 今更のように年長者ぶっているが、様子を見て来いと教唆したのはお袋に違いない。

 甚だ、全く、本当に、紛うことなき余計なお世話である。


「しっかし、お前もやるようになったな! あの武志が、母さんたちが旅行に行った隙を見て彼女を家に連れ込むか……」


 邪悪な笑みを浮かべ、兄貴はテレビに向き直った。

 何という下品な妄想だ。

 まるで週刊誌のゴシップ記事ではないか。

 この状況をそのようにしか理解できない時点で、この男の放蕩ぶりがうかがい知れるというものである。

 俺は天井めがけて、ゴキジェットを発砲した。


「お前と一緒にするな! 俺はそんな破廉恥男ではない!」


 何よりも、Kが彼女というのが気に食わない。

 鼻を突く殺虫剤の陰険な臭いに、兄貴は身をすくめながら振り返った。 


「そう怒るなよ。見ちゃったもんは仕方ないだろ」


 見る?

 見るとは何のことだ?

 兄貴の答えを聞いてから、漸く得心がいった。


「うちはみんな朝風呂なんてしないし、ぶっちゃけ予想外だったわ」


 Kが大声で叫んでいたのは、そういうことか。

 侵入者のことばかり考えていて、半分忘れかけていた。


「Cタケ! 変態はおったか!」


 野蛮な足音とともに、Kがリビングに飛び込んできた。

 いつの間にか、不審者が変態に昇進している。


「よかったな、兄貴。正体を理解してくれる者が現れたぞ」


 俺の嫌味を無視して、兄貴はKに挨拶した。

 

「いやあ、さっきは悪かったね。申し遅れました、武志の兄の秀寿です」


 これで丸く収まってしまうのが、兄貴の最もインチキ臭いところである。

 俗に言う、服装と髪型と顔面のみイケメンという奴だ。


「兄貴? Cタケの?」


 Kめ、よりにもよって兄貴の前でその渾名を使うとは。

 東京にお持ち帰りされること請け合いではないか。

 あそこにはDWDの関係者やら、ブログの知り合いが山ほどいるのだ。


「そう。武志にカードを仕込んだのもこの俺」


 皆から、話、聞いてない?

 兄貴はジャケットの襟を広げて見せた。 


「まあ、Cタケからちょろっと……目の上のタンコブとか、アキノリ達にサクラさせたとか」


 素性が分かって拍子抜けしたのだろう。

 Kはしきりに俺と兄貴を見比べている。


「なあ、Cタケ。お前、こんなイケメンの兄貴がおったんか……」


 それ見たことか。

 女と言う奴は、イケメンならなんでもOKなのだ。

 たとえそれが覗きであってもだ。

 俺の怒りをよそに、兄貴は口を開けて笑った。


「武志は母さんに似たんだ。で、俺は親父。実物を確認することをお勧めするよ」


 確認したがるのは親父達の方だろう。

 勝手に感激して、古いワインを開けたり赤飯を炊いたりするに決まっている。

 二人がKと遭遇するような事態だけは、絶対に阻止しなければならない。


「兄貴、誤解しているようだから言っておくが――」


 俺のタイプは、清楚で、知的で、繊細で、思慮分別があり、慈愛に満ち溢れ、ほっそりとした……

 一言で言えば、『鈍器で殴るだけの簡単なお仕事です第2R』の右近馬佐良さんのような女性である。

 それをよりにもよって、こんな女と勝手にくっつけられてたまるものか。


「コイツは俺の彼女などではない! 俺のデッキを活躍させるための、いわば黒子だ!」


 一体何がおかしいというのか、兄貴は一層大きな声で笑い出した。


「そうだよな。お前がそんないきなりモテるわけないよな。でも、それなら尚のこと、クインズカップがあって良かったじゃないか」


 開催した俺に感謝してもらわないとな。

 兄貴は立ち上がり、ジャケットを椅子の背もたれにかけた。

 

「何が感謝だ! 俺が出られなくしておいてからに」


 兄貴の余計な思いつきのせいで、源への雪辱どころか、新作デッキを世に知らしめる機会さえ失われるところだったのである。

 これが文句を言わずにいられるものか。

 兄貴の背中を追いかけようとしたとき、横からいきなり首をかき寄せられた。


「大会の結果、楽しみにしとって下さい。多分、見たことないデッキが勝ち上がってまっさかい」


 Kは親指で俺を指し、兄貴に向かって不敵に笑った。

 実績のある強者が言えばもう少し真実味も出るのだが、今アテにできるのはコイツの妄言くらいのものだ。

 後4日でできることを、一つずつ積み上げていくしかない。


「よし、二人とも頑張れよ……って、風呂あがったら戻ってくるんだけどね」


 ジャケットだけを残して、兄貴は風呂場に消えていった。

 この後すぐワールド記念ホールに直行か。

 いい加減な兄だが、商売は熱心にやっているようで頭が下がる。

 兄貴の空けた椅子に座り、俺は深く息をついた。


「しかし、お前本当に何のためらいもなく言ったな。さすが未体験で全国取るとか言い出すだけのことはあるわ」


 大敗を喫したばかりだというのに、その自信は何処からやってくるのか。

 俺が見やると、Kは鼻を鳴らした。


「大口ばっかで悪かったな」


 勝てるかどうかなど考える価値はないと、言われたのはいつのことだったか。

 あの人とも、いずれもう一度戦わなくてはならない。


「いや、俺も見習った方がよさそうだ」



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