お前もやるようになったな! その7
翌日からは水木除去のカードを入れ替えながら、火単に偽装する練習を始めた。
木のカードを極力相手に見せず、天秤による不意打ちを狙う。
決まりようによっては、相手の場を振り出しに戻すどころか、完封することさえ可能だ。
「初手クローナで火二枚使たら後続かへんな。いくら木のカード残しとけーゆうても限度があるで」
火のカードはデッキの半分強。
その半分強に、速攻の担い手である小型イコンが集中しているのだ。
火のイコンをペイでして出すこと自体が、相当にデッキを消耗させる。
「寧ろクローナは極力フォロアで出したいところだからな。木のカードも使って、ミサでいいから別のイコンを初動に使うべきか……」
昨日とは打って変わって、本日の外出は駅前のパン屋のみ。
ぶっ続けでスパーリングを重ねるにつれ、事故からのリカバリー法も煮詰まって来た。
Kにやる気が出たことが奇跡だとすれば、やる気が持続していることはもはや福音である。
水木に続いて火金、土単の特殊なパターンを教え込んでいったが、Kが天秤をスタンバイした時、俺はあることに気が付いた。
「K、お前、それはプレイングが分かり易過ぎはしないか?」
メグを出した次のターン、カードを1枚スタンバイ。
カンナには見えるかもしれないが、フォロアを狙っているのは一目瞭然だ。
「分かりやすいって、他にどないせーっちゅうねん」
無論、ビートダウンがとれる選択肢など限られている。
「相手に見せるなとは言ったが、裏向きのままでもカードには使い道があるだろう」
例えば、天秤を出すのがメグと同時であれば、それが火矢である可能性も出て来る。
天秤と同時にティアラもスタンバイすれば、火矢や魔法の鏡に対する備えになる。
相手が殴って来ているわけでもないのに、手札を無駄に抱えている道理はない。
「スタンバイしたカードも、そか。相手には何かに見えてるんやな」
つたないながらも、Kは徐々にブラフの使い方を身につけていった。
まだ三度に一度くらいは張りすぎて自滅しているが、それもまた修業である。
夕飯はありものの野菜と冷凍食品で済ませ、再開されるスパーリング。
フォロアビートは一旦しまい、今度はKにもメタデッキを持たせての練習だ。
自分で使いながらでなくては、メタデッキと相対した際、相手の思惑がつかめない。
9時を回り、流石に疲れを感じ始めたころ、俺はあることに気が付いた。
「しまった! ブログを更新していない!」
大会の準備にかかりっきりで、ネタを考えることさえできていない。
本来ならゴールデンウィークは『第五実験区画』を連続更新するはずだったのだ。
痛手を負った俺に向かって、Kは盗人猛々しくも罵声を浴びせた。
「ブログやと? 大会前やのに敵に塩送っとる場合か!」
いつものことながら、どこからこんなに浅ましい発想が浮かんでくるのだろう。
俺の知っている実力者に、心の狭い吝嗇家は一人もいない。
情報封鎖などと言って勿体ぶっているプレイヤーは、大概が二流の既製品である。
「違うわ! 流石にフォロアビートは載せないが、未完成の別のデッキとか、コラムとか、他にもネタは色々あるだろ!」
大会前の目玉といえば、やはり環境考察か。
安定してカンナを止められるカウンターであり、火金同型戦のキモである甘い香り、あれをフィーチャーしてみてはどうだろうか。
魔法の鏡は水木除去にも刺さる一枚だ。
今後、金が入ったコントロールがメタゲームに登ってくる可能性もある。
「練習が終わってからでええやん。知っとるで。いつもウチが寝てからなんやカチカチカチカチやっとるやろ」
人の気も知らずに、コイツは一体何を妄想しているのだ。
パソコンをゲーム機か何かと勘違いしているわけではあるまいな。
「あれは各地の大会レポとか、優勝者のデッキレシピとか、情報収集をしてるんだよ。カードリストを眺めて夏用のデッキの構想を練ったりな」
Kが暢気に寝ている間も、俺はメタゲームの動向に目を光らせているのだ。
断じてアニメを垂れ流しながら弾幕を追加しているわけではない。
ツアー中は先行する各地方大会の結果に影響され、環境が大きく変化するタイミング。
日本全国で『第五実験区画』の読者が、俺の分析と予測を待ち望んでいる。
「それに連休中とはいえもう9時だぞ。10時を回ったら更新しても……」
連休の8時から10時、間違いなくブログのかき入れ時である。
手前勝手な理由でごねるのをやめ、さっさと俺を解放しろ。
俺が人差し指でテーブルを連打していると、Kははっとして時計を振り返った。
「やっば! もうサンフェス始まっとるやん」
Kめ、俺の献身を疑っておきながら、自分はアイドル番組か。
最初から見るつもりをしていたとしか思えない驚きように、俺は顔をしかめた。
「見て来い見て来い、今日はぶっ続けで練習してたんだ。これで足りんということもないだろう」
金の入ったコントロールはいいが、具体的なアイデアは浮かばない。
Kを見送り、俺は広くなった部屋を見渡した。
金といえば、可哀相女のデッキは正にそれだった。
アイツは大会に、どんなデッキを持ってくるのだろうか。
「いかん、そんなことを考えている場合ではない!」
頭を振って邪念を振り払うと、俺は再びブログのネタを思案した。
デッキがないなら、コラムである。
ここはいっそ金属性ではなく、速攻対策のくくりでまとめてはどうか。
甘い香りだけでなく、黒い羽、宝探し、死者の書、目くらまし等と比較してやればよい。
火金対策というなら、現環境の要求とも合致している。
俺はこの電撃的な着想を瞬く間に文章化し、4日ぶりの記事を9時半に間に合わせた。
後は明日の朝、どれだけアクセスが入っているかだ。
ノルマらしきノルマは、さしあたりもう残っていない。
大会へ向けて夜型の生活を脱しなければならないこともあり、俺は早めに床につくことにした。
胸のつかえが下りたからか、その夜はいつになくよく眠れた。
休日の静かな朝、カーテン越しの柔らかな日差しに、いつの間にか目が覚めている。
そんな細やかな理想は、節操のない悲鳴によって断ち切られた。
「ええい、朝っぱらからなんだ! 騒々しい」
パーカーを羽織り、渋々階段を下りてゆくと、風呂場のコールがけたたましく鳴り響いていた。
風呂場にゴキブリでも現れたのだろうか。
それにしても、本当に近所迷惑な女である。
取りあえず洗面所に行き、風呂場に向かって尋ねてみると、Kは慌てて喚き散らした。
「Cタケ? Cタケか! 不審者や! 不審者がおる!」
またもKの早とちりかと思いたいところだが、そんなことはありえない。
親父たちが帰ってくるのは3日後だ。
俺とK以外の人間が家の中にいるだけで、十分非常事態である。
「いるって、家の中にか? 今どこにいる?」
薄暗い廊下を見やり、俺はKを問い質した。
「そんなん分かるわけないやろ!」
全く、俺も動転しているらしい。
確かカギは、昨日の夕方閉めた筈だ。
窓も開いているところはないし、入れるところがあったとしたら開けたのはKということになる。
少なくとも、俺のせいではない。
俺のせいではないのだが、この期に及んでそんなことは何の慰めにもならない。
下の棚からゴキジェットを取り出し、俺は恐る恐る廊下を覗いた。




