つべこべ言わんと作れや! その5
一番手前の席を使って、俺は最難関現役突破コースの授業を始めた。
勿論糞ビッチにに理解して頂くのはcarnaの極意などではない。
所詮DQNの海綿脳では、俺たちの営為など理解できるはずもないという、たった一つの真実だ。
「ええと、実際にcarnaをプレイしたことは?」
いつの間にか、騒ぎを聞きつけた連中が見物に集まってきている。
DQN共め、せいぜい醜態をさらしてギャラリーの目の前で恥をかくがいい。
俺が質問すると、糞ビッチは金髪を指で巻きながら目を泳がせた。
「なんや、その……カード買うにも、ちゃんと教えてもろてからにしよ思て」
やれやれ。俺はこれ見よがしにため息をつき、肩をすくめて見せた。
態度のデカい奴に限ってこれだ。他力本願にも程がある。
そんなことだから順当に落ちぶれて、現にお前はDQNをやっているじゃないか。
「やる気の程が窺えるねえ。大会に参加するプレイヤーは、みんな少なくともお前よりは真面目だろうな」
この一言にはそこそこ効果があったらしい。
糞ビッチは肩をいからせ、無駄にすごんで見せた。
「もう一遍言ってみんかいワレ! ウチかてこれでも必死なんや!」
黙れ。お前のような怠惰な女には必死という言葉を使う資格などない。
夏の大会に、源との雪辱戦に向けて、俺がcarnaに一体どれだけの情熱を注いできたことか。
それを賞品目当てで群がってきたこんな豚共のために、不意にされてしまったのだ。
餌で釣って無理やりカードをやらせたところで、こんなDQNにカードの醍醐味など分かる筈がない。
それなのに、なぜ運営にはそんな簡単な事実も分からないのだろう。
俺は怒りを噛み潰し、手を左右に振りながら糞ビッチの言い分を認めてやった。
「分かった分かった。俺が責任を持って教えてやる」
ただし、お前が勝手にやめるというなら話は別だ。
クラブハウスでも廃工場でも好きなところに逃げ帰り、クスリをキメて野良犬とファックでもしていろ。
それがお前達のようなクズにふさわしい喜びというものだ。
俺は自分のデッキをシャッフルし、テーブルの上に置いた。
「ゲームが始まったら、まず手札を5枚ドローする」
まだ何もしていないのに、糞ビッチはいきなり目を白黒させた。
「ドロー? 手札?」
コイツは何を言っているんだろう。
まさかドローが分からないということはあるまい。
ドローも山札も、小学生が知っているフツーの日本語の筈だ。
それとも何か、これは俺に外国語で話せということか。
「今蛍さんの目の前にある、デッキの本体の方。それを山札って言います。その上から5枚を手にとって下さいね……、そうそう、そうやって持ってる分のカードが手札です」
俺の懸念は間違いではなかったらしい。
パラガスに言われて、糞ビッチは慣れない手つきで平積みされた水着姿のチナポンをドローした。
糞ビッチの手札を目の当たりにしてパラガスは俺に一瞥をくれたが、チナポンのどこが悪い。
俺だって人に貸す羽目になるとは思っていなかったのだ。
どんな柄のカバーを使おうが、俺の自由というものではないか。
俺は気を取り直して、カードを指さしながら序盤の動きを説明してやった。
「じゃあ手札を確認な。『風来坊のコメット』『浅葱色のシュシュ』『まんまる尻尾のナージャ』『肉球アニス』『罪の天秤』。罪の天秤はスペル、それ以外のカードはイコン、つまりキャラだな。左上に書いてあるのがカードのコスト、右下の数字はパワーとアニムだ。コストってのはカードを使うために必要なエネルギーで、手札を捨てるか、イコンにアニメイトさせることで支払うことが出来る。イコンがアニメイトできるコストはアニムと同じだ。コストは合算可能で、その中に同じ属性のカードが混ざっていればOKだ。アニムが足りていても色が違う場合は、1枚手札からペイするとかな。このデッキの基本的な作戦はコメットで殴ってフォロアでアニスをカーナ、コメットでステファニーを探してきて次のターンにステファニーをカーナしていくというものであるからして、まずはコメットをスタンバイ、次のターン確実にクラックを狙うためにも、天秤をスタンバイして相手のイコンを焼けるようにしておく必要があるだろう。問題はコメットのコストに何を捨てるかだが……有事の保険としてシュシュを残しておかないと危険だな。ナージャを捨てる方が賢明だろう。分かったか?」
これだけ一度に話されて、平気でいられるだけの脳味噌など持ち合わせてはいまい。
我が勝利を確かめようと糞ビッチを窺ったそのとき、目の前に拳骨が広がった。
「分かるか!」
俺はギャラリーを巻き込んで転倒し、安物のスツールは乾いた音を立ててひっくり返った。
上唇と鼻の痛みは血が巡る度燃え上がり、口の中が血の匂いで満たされる。
後ろ頭は妙に重たいし、メガネもどこかに行ってしまった。
クソ、絶対今ので脳細胞が10個くらい死んだ。
よくも俺の、俺の聡明な脳味噌に傷を付けてくれたな。
貴様のようなクズとでは脳細胞一つ一つの単価が違うというのに。
俺は鼻を押さえながら、それでも余裕の笑みを見せつけてやった。
「へっ、この程度のことが分からないとか、お前、カード向いてないんじゃないの? なあ、ユキト、お前は分かったよな?」
ユキトは俺の下から這い出し、俺たちを見比べてからおずおずと答えた。
「うん、まあ……何も難しいことは言ってなかったかな……」
ユキトに聞いたのは大正解だった。
6つ以上年下の小学生に分かると言われては、糞ビッチも立つ瀬がなかろう。
小学生でも分かることが理解できないお粗末な高校生諸君は、口々に恨み言をつぶやきこそすれ誰も俺に口応えできない。
突っ込んだつもりで俺を殴った糞ビッチでさえ、今や間抜けな顔で凍り付くばかりだ。
分かる。手に取るように分かるぞ。
コイツの神戸限定キャラメルコーン本格レアチーズケーキ味な脳味噌が、一体何を考えているのか。
自分に人並みの知性が備わっていないことを悟り、今すぐ土下座して『調子に乗ってすみませんでした。私にはあなた様の足を洗うだけの値打ちもありません』と許しを請うしかないと理解した、これは正にそういう顔だ。
「今の聞いたか? 全国大会どころか、小学生に負けてるようじゃな……悪いこと言わないから、似合わないことは今のうちに止めておけ」
床についた手がフレームレスのメガネに触れ、俺はメガネをかけなおしてゆっくりと立ち上がった。
殴られたときに広がったのだろう、鼻あてが馬鹿になり、メガネがすぐにずり落ちて来る。
踏んだり蹴ったりの一日だったが、これで俺も晴れて自由の身だ。
さあ、ひれ伏して謝るがいい、能足りんのDQN共め。
俺が悠然と糞ビッチを見下ろしたそのとき、テーブルの向かい側でパラガスが立ち上がった。
「マッシュ、前提が間違ってるよ。ユキト君はベテランじゃないか」
パラガスめ。お前は一体どっちの味方だ。
俺は目元に皺を寄せてパラガスを睨み付けた。
今追い返さなければ、俺たちのオアシスはコイツらに征服されてしまうかもしれないのだ。
ここはお世話になっているマスターのためにも、俺に味方するのが筋というものだろう。
「細かいことはおいておいて、とりあえず試合を通しでやってみましょう。試しにキャラを出してみてください。裏向きにカードを出して、同じ色の手札を捨てて……そう、それで表向きにすると、出したことになります」
いつの間にかパラガスがティーチングを始めている。
糞ビッチが慣れる前に、何とかして止めなければ.。