お前もやるようになったな! その6
「よし、当面はこれで行く」
新しいアイデアや情報次第では各デッキタイプへの対応も変わってくるが、今のバランスそのものはベストに近い。
「お、どうなったん?」
本棚の前から、Kが這って来た。
思えば出会った時から最高に図々しい女だったが、人の家でゴロゴロするのはいかがなものか。
「ミサ×3、誘蛾灯×1、黒い羽×2、ミステルの枝×2、マーシュはなし……」
初動ミサは手札が減って辛いが、呪文を弾けるお陰で生き延びられる場面が多かった。
ミステルの枝はアニメイトできる状況を作りにくいので、あくまで緊急用とする。
誘蛾灯は二枚目が腐ることが多かったので、一枚積みで対コントロール時に出てくれば儲けものという算段だ。
「ふーん、せっかく入れた割に、誘蛾灯は一枚だけなんけ?」
Kが訝しがるのも無理はない。
一枚積みは基本的に、リソースの豊富なコントロール向けの手法だ。
速攻に対策カードを一枚積みしたところで、そうそう出て来るものではない。
「使いたいシーンが限定されてるからな。出て来た時だけ使って、出てこない時は天秤を使え」
俺はアニスの奥に並んだ、罪の天秤を指さした。
少ないリソースで二匹を料理できるのは問答無用で有難い。
コイツも水木だったころからの大事なテーマの一つなのだ。
「まあ、やっぱ火金が一番多いさけな」
テーブルに顎を乗せたまま、Kは分かったような口を聞いた。
「実際今までの店舗大会ではも火金の方が目立っていたな。全国で結果を出したのが大きかったんだろう」
完全なるコントロール合戦と化していた環境が、あれで一変してしまった。
今回の大会でも、多くのプレイヤーは火金を使ってくるだろう。
苦手だからといって土水コントロールの対策をしても、空振りに終わる可能性が高い。
立ち上がってカーテンを閉め、俺は部屋の明かりをつけた。
「ここから先はプレイングだな。色々な状況を捌けるようにしていこう」
夕食を挟み、俺達はスパーリングを再開した。
スパーリングとはいっても、さっきまでと同じデッキ調整のためのスパーリングではない。
1ゲームごとに再現を行い、判断を検討する地道な作業である。
優先すべきカード、事故からのリカバリー、特定のカードへの対処法、伏せカードや手札の見極め方。
特にKは経験が浅いため、メタデッキの挙動を徹底的に叩きこむ必要がある。
通り一遍の使い方は既に覚えさせてあるが、ピン差しで入っているマイナーなカードにはまだ反応できていない。
「例えばこの『水の天蓋』だ。6コストでカウンターもないから敬遠されがちだが、ほぼ完全に攻撃を遮断する力がある」
カードファイルから水の天蓋を引き抜き、俺はKに手渡した。
天井から降り注ぎ、どこまでも続く大瀑布。
イラストには見覚えがあったらしく、思ったよりもKの反応は薄い。
「トリシャがたまに使っとるヤツやろ。知っとるわ」
忘れていた。
身近にネタ師の見本のような人がいるではないか。
トリシャさんを通じて、Kは普段からマニアックなカードに触れているのだ。
「カウンターで出てきたイコン使うてキャストするさけ、よう先置きでスタンバイしよる。殴ってリムーブするんが早いやろ」
知ったかぶりもいい加減にしろと言ってやりたいところだが、あながち間違いではない辺りが癪に障る。
どこまで分かっているものか、俺は一つ確かめてやった。
「だが、スタンバイした時点で他のスペルと見分けることはできるか? 相手の場は? 手札は? イコンの動きは?」
水の天蓋を頭上にかざし、Kはその奥に目を凝らした。
「水のイコンを残してスタンバイする……やったら泉や夢占いと大して変わらへんな……」
返事は途中で失速し、呟きとなって消えた。
試合中に分かることが、自分の言葉で説明できない。
Kにはどうも、動物的な勘に頼りすぎている嫌いがある。
「分かりやすいのは手札の枚数だ。カウンターで出したイコンにアニメイトさせるようとするんだが、イコンには延命能力がないからな。普通のカウンター狙いと違って、ギリギリ『殴り切れない』枚数で待ちに入ることが多い」
水の天蓋に限らず、カウンターのない高コストカードを防御に使う際の定番とも言える戦法だ。
「幸い、天秤が対策として使える。フォロアの発動はカウンターよりも後だから、カウンターで出てきたイコンを後から除去することが可能だ」
パワー5以上のイコンが出て来た時はお手上げだがな。
俺は肩をすくめ、それから水木除去コンのデッキケースを開けた。
水の天蓋と入れ替えるのは、同じく速攻対策に入れた死者の書だ。
「次はこれを入れてスパーしてみるか」
デッキを受け取ったものの、Kはなかなかシャッフルしようとしない。
カバーの裏面に印刷された、DWDのロゴを訝し気に見つめている。
「これ、ホントに出て来るん?」
どうやらコイツは、水の天蓋を初めからスタンバイしておくものだと思っていたようだ。
スパーリングは数だというのが、露ほどにも分かっていない。
一枚差しのカードが何度も出てくるまで回して初めて、スパーリングは参考になるのである。
「あのなあ、分からないから意味があるんだろ? 本番じゃ、デッキに入ってるかどうかも分からないんだぞ」
そもそも実戦では、多くの場合マッチが始まってから相手のデッキを判別しなくてはならない。
俺がたしなめると、Kはカーペットに手をついた。
「そんなん練習しようがないやんか」
言われて俺は、手元のデッキを見渡した。
DWDは水木除去コン、チナポンは木火フォロアビート、黒無地は火金速攻、Carna公式の黄緑は土単中速ビート、まゆ×のりは火土ステイシス、スホーイ37は金水アンチスペル。
なるほど、裏を見ればどのデッキか一目瞭然だ。
この問題には後で手を打つとして、デッキの判別は予備知識の量で決まる。
手元にないポピュラーなデッキも、ネットでレシピを見せておいた方がいいかもしれない。
「まあ、言うほど難しくはない。大概のデッキは火金速攻か水木除去だからな」
一手目を見れば何のデッキか分かる。
デッキが分かれば出て来るカードも分かる。
メタデッキが抱えている最大のハンディキャップだ。
「逆に相手は、俺達のデッキがどう動くのか分からない。考えても見ろ……相手の初手が『わんぱくクローナ』を捨てて『りんごほっぺのメグ』だったら……」
お前なら、次に何が出てくると思う?
俺の問いに、Kは声を上げて笑った。
「カンナやな。そら火単にしか見えんわ」
火金よりもはるかに与しやすい、初心者の火単。
ティアラは勿論、罪の天秤が飛んでくるなどとは思いもしないだろう。
「そうだ。速攻の対策を優先して、それ以外のカードをペイしてくれるかもしれない」
曖昧な阪急の音が、窓の外を通りすぎていった。
「……相手が、勝手にコケる?」
敵の手の内を見破らずに、最適な対処をとることはできない。
そして自らの過ちに気づいたとき、それは焦りやプレッシャーとなってプレイヤーの元に帰ってくる。
「勝手じゃない。騙すんだ。お前が」
神妙な顔つきのKに向かって、俺は新たな課題を突きつけた。
「どのカードを相手に見せて、どのカードを隠すのか。これからは、そういうことも意識してみろ」




