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お前もやるようになったな! その4

 俺の一喝を受けて、見てくればかりを気にする己の小物ぶりを恥じたに違いない。

 二人は首を垂れ、小声で囁きあっている。


「言うたな? Cタケ。男に二言はないやろな」


 浅はかな。

 つまらない揚げ足とりが目的と分かっていて、そんな脅しに屈するほど俺は愚かではない。


「ああ、言ったとも。正しいことを言ったのだ。撤回する必要などあるはずもない」


 Kは案の定ほくそ笑み、それからおもむろにファッション誌のページをめくり出した。

 電子ドラムばかりがうるさい俗悪なポップスに、薄っぺらい音が重なってゆく。

 やがて手を止めたKはページを指し、溌剌と美容師に宣言した。


「イッシーさん、ほなこれでお願いします」


 図ったな、K。

 その見開きに載っているのは、一体どんな髪型だ。

 貴様はずっと、髪型などどれでもいいという、俺の一言を待っていたというのか。


「うん、さすが御影ちゃん、センスあるわ。これなら絶対オタクには見えっこないね」


 この姑息な陰謀に対し、俺は徹底的に抵抗した。


「待て、待てお前たち。俺が何でもよいと言ったのは、どんな髪型でもしてやるという意味ではない! 過度に飾ったり、奇を衒ったり、流行に乗る必要はないという意味であって、つまりそれは慎ましやかで平凡な髪型こそが……」


 必死の訴えはじゃかあしいの一言で叩き潰され、俺はあろうことか革ベルトでシートに縛り付けられてしまった。

 自慢のマッシュルームに至っては、あちこちヘアピンで挟まれパイナップルの如き有様だ。

 そして鏡に映った美容師は、いつの間にか無数の牙を持つ鉄の顎を握っている。

 始まってしまう。

 これは儀式だ。


「止めろ! 思想的弾圧だ! 政敵抹殺だ! 俺はこんなの認めないからな!」


 Kはシートの肩を掴むと、冷笑を浮かべながら俺の耳元でうそぶいた。


「Cタケ、お前言うたやんな。カリスマはどんな髪型でも構わんのやろ? でもウチはちゃうねん」


 最初は明るくにこやかだった声が、次第にドスの利いた低い声に変わってゆく。


「そんなキモイ頭であちこち付いて回られたら恥さらしもええとこやで。ガチで死ねるわ……お前は気にせえへん。ウチは気にする。やったらウチの選んだ頭にするんが筋やろ」

 

 眉間に皺の寄った顔で鏡越しに睨みつけられ、俺は己の命運の尽き果てたのを悟った。


「……はい」


 身構える間もなく、美容師は俺の髪を掴んだ。

 ざら付いた音とともに、冷たい手が髪から離れてゆく。

 いや、その手には、未だ俺の髪の先端が握られているのだ。

 美容師はなんの躊躇もなく凶器を揮い、俺のシンボルを削り続けた。

 鏡越しに見えたKの満足げな表情を、俺は生涯忘れはしないだろう。

 Kめ、お前こそ覚えていろ。

 この蛮行に対する報いが、やがて貴様を紅蓮に燃え盛る地獄の底へと叩き落とすことになるのだから。


「それにしても、相当な量やな」


 床に降り積もる黒髪を、Kはしげしげと眺めた。


「見るからに重そうなくらいのボリュームだったからねー。終わったら相当軽くなるんじゃない?」


 櫛で髪を引っ張り、尚も俺の髪を切り続ける美容師。

 この男には、自分が切り落としているものの価値が全く分かっていない。

 外側だけでなく中身まで軽くなってしまったらどうしてくれるのだ。

 あまりに不合理な不安だが、しかし、それはウォール街の霧の如く漠然と俺を取り巻き始めるのだ。


「そらええわ。コイツの頭でっかちも多少はマシになるやろ」


 頭でっかちとは、お前の理解を超えたインテリ全てのことか。

 せめて自分の理解も及ばぬ知性があるという宗教的な謙虚ささえ持ち得ていたなら、かくも愚かな奸計など思いつきもしなかったであろう。

 物事の価値を理解できるだけの知性が自分に備わっているなどと思いこむこと自体が、お前たち愚者の傲慢なのだ。

 良識は万人に等しく与えられているとはデカルトの言だが、あれはバカでも自分が間違っているとは思わないという彼一流の皮肉に過ぎないのだからな。


「よし、大体の形は出来上がったよん。長さを残しつつボリュームだけ減らして、前髪はこうして流す感じで」


 果たしてそこに映っていたのは、邪教の儀式によって変わり果てた囚われ人の姿だった。

 才知の輝きを放ち、カリスマと呼ばれていた男の面影は、最早地球上のどこにも存在しない。

 ただ、アルバムの中で淡い笑みを浮かべ、思い出してもらうのを待つばかりである。

 

「これが、今の俺の姿か……」


 いかにもなサラサラヘアーと、細く伸びた邪魔くさい前髪。

 以前の俺が街角ですれ違ったとしたら、まずまるで容貌しか取柄のない陳腐な女たらしだと即断したに違いない。

 肩を落とした俺の前で、Kは顎をさすりながら得意げに採点した。


「ま、45点ゆうとこやろ。せめて身長があと20センチあって、顔がもうちょいイズミン風やったらよかったんやけどな……」


 本人は俺を酷評しているつもりだろうが、本当に分かっているのだろうか。

 たった今俺を魔改造した美容師も大分巻き添えにしているぞ。


「……見れんこともないから勘弁したるわ。感謝せえよ」


 Kはいつものように、歯を剥き出しにして笑った。

 侮辱された筈の美容師も、笑い出すのをこらえているようにしか見えない。

 こんな馬鹿どものために、一人のカリスマが喪われてしまったのだ。

 いや、愚かというなら、見えすいた罠にかかった俺自身か。

 絶望と後悔の渦に飲まれ、意識が遠のいてゆく。


「それじゃ、うなじの方から剃ってこうか」


 スカした美容院でも、顔剃りだけは床屋と何ら変わらない。

 なされるままにしていると、慣れ親しんだ工程は滞りなく進んだ。

 うなじ、眉、顎ときて、最後に髪の微調整。

 髪型のみイケメンが完成すると、エプロン、タオル、そして6本のベルトと、美容師は順に拘束をほどいていった。


「あー、スッキリした。イッシーさん、ホンマおおきに」


 しめて4700円。

 俺の財布から札を引き抜き清算を済ませると、Kは釣銭を自分の財布にしまった。

 これでハクシナの初回限定版が丸ごと消えた計算になる。


「ほな、次はザラメンや!」


 抜け殻と化した俺を引きずり、KはDQNの街へと繰り出した。

 右も左も服に鞄に靴に化粧品、化粧品とスイーツの店ばかり。

 まるでこの商店街全体が、K個人をメインターゲットにしているかのようだ。

 何よりも恐ろしいのは、この狂ったコンセプトが決して間違いではなく、蔓延るオカモトKモドキによりこれらの店が繁盛しているという事実である。


 Kは次から次へと服屋をハシゴし、俺に片端から服を試着させる……のかと思いきや、最初から買うものが決まっていたらしい。

 目が細かいチェックのズボン、黒いワイシャツ、編みこまれた革のベルト、毛羽だったダークグレーの革靴。

 探しもせずに一発で商品を選ぶKの姿は本領発揮というより臨戦態勢というべきものだった。

 どこぞのヒモのような取り合わせに抗議を申し立てようにも、タイムトライアルの手順にはナイフを捻じ込む隙間すら残っていない。

 裾合わせの時間も利用して、一瞬も止まることなく上から下まで揃えしまった。 

 


「しかし、見事に有り金が消し飛んだな」


 カードのために残しておいたお年玉の残りまで使いこまれ、手元には千円札が数枚残るばかり。

 これではハンバーガー屋さえ、向う一か月はお預けだ。

 少しでも味を覚えておこうと、俺はフライドポテトでナゲットのソースをぬぐった。 


「金持の癖に、貧乏くさい真似すんなや」


 ストローの先端で紙コップの角ながら、どの口で物を言う。

 自分のことを棚に上げる技術に関して、Kの右に出るものもそうそういるまい。


「本当にないんだよ、お前のお陰でな」


 それも、DQNに身をやつす屈辱を享受するためにである。

 俺は俯いたまま、ポテトの先をかじった。


「なんや? ウチのお陰で服装と髪型のみイケメンになれましたって?」


 服装と髪型のみイケメンとは、Kの広げている雑誌に時折現れる社会階級の一つである。

 要は格好をつけた不男のことだが、容貌に難があるのを必死にごまかそうとする努力だけは認めてやろうという、つまり名誉白人に相当する概念だ。

 差別意識と傲慢さが一層際立つという点において、双方に全く違いはない。


「お前まさか、自分の金を浪費されて俺が喜ぶと思っているわけじゃなかろうな」


 浪費したのは金ばかりではない。

 大会まで日がないのに、こんなところで半日も消耗してしまった。

 一刻も早く帰って、夕飯まで練習あるのみだ。


「カードに何万もつぎ込んどるヤツに言われとないわ」


 Kは半ば包み紙に顔を突っ込み、ハンバーガーの残りを三口で平らげた。


「そのカードを使っているのは誰だ、全く……」


 照り焼きとマヨネーズという組み合わせは、一体どこの誰が考え出したのだろう。

 どうせ大阪は下町の、鉄板焼き屋あたりだろうが、味はとにかく手が汚れて仕方ない。

 包み紙の表側まで油がにじみ出てきているではないか。

 ぼやきながら包み紙を折っていると、やにわにKが包み紙を丸め、勢いよく立ち上がった。


「さっさとせんかい、練習する時間、のうなるで」

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