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お前もやるようになったな! その2

 Kの奴、人がせっかく啓蒙してやったというのに、何という言い草だ。

 

「何だ、そのさも退廃したかのような表現は。進歩と言え、進歩と」


 俺が抗議すると、Kは唾を飛ばしながら反撃した。


「どこが進歩や! このままオタクになってしもたら、Cタケのせいやからな」


 前言撤回、コイツは全く成長していない。

 よりにもよって、自らオタク化を拒むとは。

 選民たるオタクは高次ステージに向かう進化の前兆、人類が絶え間なく神へと接近していることの生きた証拠である。

 オタク化を拒むことは、救済を拒むことに等しい。


「その認識が狂っていると言うのだ! オタクこそ優性種、旧人類に畏怖されるべき存在ではないか!」


 この純然たる事実が、一体なぜKには分からないのだろうか。

 文明に触れたことのない未開人の類ならともかく、コイツは一か月近く俺たちと付き合っているのだ。

 少しくらいはオタク界の奥深さというものを理解してはどうなのか。

 俺の指摘に対するKの反駁というのが、また輪をかけて冒涜的だった。


「オタクとか、ダサいし!」


 進化の証人たるオタクをして、ダサいだと。

 上辺だけを見て、陳腐なレッテルを貼り付けやがって。

 服装や化粧にばかり気をとられている猿共には分かるまいが、オタクは高度に精神的な美学に支えられているのである。

 俺は胸に手を当て、目の前にいるオタクという存在の高貴さを教えてやった。


「ダサくないし! エレガントだし! オタクはそれ自体が洗練であり、革新であり、挑発で――」


 ところがKは、人の話が終わる前に手を打った。

 何を閃いたのか知らないが、どうせロクでもない愚策に決まっている。


「そうや! その手があったわ! 中身はともかく、見てくれなら何とかならんこともないで!」


 やはりKには、何もわかっていなかった。

 俺は中身の話をしているのだ。

 感性、教養、見識、礼節、そういった内面的な美しさが、人間に輝きを与えるのである。

 それを見てくれで誤魔化そうなどと、見当違いも甚だしい。


「だから、中身にこそオタクの美があるのであってだな……」


 いや、俺が諭したところで、コイツの迷走が止まったためしなど一度もない。

 気力を使うだけ不毛というものだ。


「よし、決まりや! Cタケ、着替えて金持ってこいや」


 Kの目が心なしか、新しいデッキを見せた時より輝いているような気がする。


「分かった、分かった。分かったから落ち着け」


 まさかこの俺が、下らぬ虚飾に金を使わされる日が来ようとは。

 目的地は服屋か、それとも美容室か。

 いずれにせよ、堕落したDQNの真似ごとに変わりない。

 商業主義と愚かな大衆文化への、近代理性の敗北。

 嘆かわしい、なんと嘆かわしい。 

 俺は心の底から、重たい溜息を吐き出した。


「しかし、なんでまた着替える必要があるんだ?」


 俺が尋ねると、Kは訝し気な顔をした。

 おかしいのはKの方だというのに、なぜ俺が疑われなければならないのだろう。


「ちゃんと服は着てるじゃないか。朝から出かけて帰って来たところなんだし」


 訝し気を通り越して、愕然とするK。

 これは一体どういうことだ。

 俺が間違っているとでも言うつもりではあるまいな。

 我に返ってKが最初に口にしたのは、これまた不可解な質問だった。


「お前、まさかその格好で行くつもりやったんか……」


 まさか?

 まさかとはどういう意味だ。

 この格好には、何か欠陥があるとでもいうのか。

 俺は恐る恐る、自分の服装を見下ろしてみた。

 いつものチェックシャツ、いつものゆったりしたジーパン。


「その格好って、お前、普通だろ?」


 まあ、今日のTシャツは普通とは言わないかもしれない。

『六畳一間の地下迷宮(ラビリンス)』の照沙がプリントされたプレミアムな非売品だ。

 これは初回限定版を買ったら付いてくる名ばかりの限定品とは一味も二味も違う。

 この世でたった5着、短期間の抽選でしか手に入れられないこの品を、俺は執念と運命とによって勝ち取った。 


 いや、待て。

 俺は顔を上げ、Kの間抜け面に浮かんだ忌避の正体を探った。


「……そうか、そういう意味か」


 これを普段使いすることを勿体ないと感じるのは、何もおかしいことではない。

 使わずしっかりと保存しておけば、数年後には数万円の骨董品になる可能性も十分ある。

 その辺の低レベルなオタクが誤って手に入れたなら、間違いなくそうしているだろう。

 それを惜しげもなく着こなしていること自体が、俺のカリスマ性の証明なのだ。


「小市民め。いいんだよ、俺は普段からこの位のものを身につけてこそだろ」


 親指でTシャツを指し、俺はKにセンスの違いを教えてやった。

 その敗北感がムキにさせたのだろうか。

 Kは指を突き出し、猿のように怒鳴り始めた。

 

「無理! もうマジ無理! その格好で付いて来たらガチで殺す!」


 これだからDQNの相手は疲れる。

 幼稚で浅薄で理性の欠片もないくせにつまらない見栄だけは人一倍あるのだからな。


「まあ、そうガッカリすることもないだろ。俺の見たところ、お前も多少はオタク文化の奥深さというものを理ぶっ!」


 俺の頬を押さえつけ、Kは低い声で命令した。


「いいから着替えて来いや……もう制服で構わん」


 口が動かせないのでは、ひょっとこ顔のまま頷くのが精一杯だ。

 Kは暴力的に俺を突き放し、音を立ててドアを閉めた。


 しかし、Kは一体どうやって支度するつもりなのだろう。

 服がなくて困っているのは、そもそも奴の方だ。

 今着ている寝間着からして、オカンと俺の所持品から適当に見繕ったものではないか。

 渋々制服に着替えながら、俺は部屋のドアを見やった。

 よもや発掘などと称して、オカンと兄貴のクローゼットを物色している訳ではあるまいな。

『お前のものは俺のもの』を地で行くような女である。

 令状なしで我が家を家宅捜査していたとしてもなんの不思議もない。

 大人しく、Kが制服で戻ってくればよいのだが。

 俺はベッドに腰かけ、休日の大阪湾を眺めた。

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