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お前もやるようになったな! その1

 あのKのことだ。

 俺が危険な任務に赴いている間も、暢気に二度寝を決め込んでいるに違いない。

 そう思うと、つい早歩きになってしまう。

 人の気も知らないで、これ以上のんびりさせてたまるものか。

 家に帰りつき、床を踏み鳴らして兄貴の部屋に突入すると、そこはもぬけの殻だった。

 開けっ放しで出かけるなど全く持って言語道断だが、あの格好で遠出はするまい。

 放っておけば、そのうち戻ってくるだろう。


 俺は鞄を片付け、赤黒フォロアビートの細部を詰めていくことにした。

 概形が出来上がったとはいえ、まだまだ完成には程遠い。

 除去カードの搭載枚数にメタデッキへの対策カード、メグが来なかったときのための予備アタッカー。

 試していないパターンがいくらでも残っている。

 自室の扉を開け、俺は思わず声を上げた。


「え?」


 Kがワーキングチェアに胡坐をかき、パソコンを睨んでいる。

 

「おう、お帰り」


 意外と早かったな。

 俺に気づいて、Kが振り返った。


「何が意外だ。俺が手こずるはずがないだろう」


 Kのやつ、一体何をしているのだ。

 まさか人のマイピクチャを勝手に覗いているわけではあるまいな。

 俺は後ろからKに近づき、パソコンの画面を確かめた。


 三回戦 ○ 火水木除去コン

 2ターン目泉でレーヌを抜かれるもドロー連打でソマリ降臨。

 撤去に手こずっている間にジャンヌを立てて突貫。


 おかしい。

 大会のレポートにしか見えない。

 Kが一人で、カードブログの記事を読んでいる。

 日がな一日ネットを彷徨う、生粋のオタクのように。


「なー、Cタケ」


 俺が目を離した間に、一体何が起こってしまったのだろうか。

 ピンク色の光線によって、Kが啓発されてしまったのか。

 どこかで頭を打った拍子に、抑圧されていた本来の人格が目覚めたのか。

 否。

 そんな可能性は非現実的すぎて検討することさえ馬鹿げている。

 現代日本は、トリシャさんの想像していた中二病のワンダーランドとは違うのだ。


「土単て、そんな強いけ?」


 俺はもしかして、もっと根本的な問題を見逃しているのではあるまいか。

 このKが本物だと、この部屋が俺のものだと、いつもの駅で電車を降りたと、考える根拠は何だ。

 家を出た時にいたKが、帰って来た時にはすり替わっている。

 逆のことが起こらない理由などありはしない。

 俺の知らない間に、この街が再構成されていたとしたら。

 それどころか俺の方が、外見だけが酷似した異世界にやってきてしまった可能性もある。

 いつだ。

 いつ飛ばされた。

 家まで歩いてくる途中か、駅の改札をくぐった時か、それとも座っている間に、電車が壁を超えてしまったのか。

 落ち着いて現状を整理する前に、上から拳が降って来た。


「ええい、答えんかい!」


 この野蛮さ、間違いない。

 こいつは俺がいた世界線のKだ。

 どうせ偽物を装ってサプライズを仕掛けるつもりだったのだろうが、そんな浅はかな企てが通用する俺ではない。

 ひりつく頭をさすりながら、俺はKに言い返した。


「くそ、本物ではないか! 一瞬何事かと思ったぞ!」


 それにしても、あのKが一人で情報収集とは。

 俺が解説しているときでさえ分からん分からんと連呼している癖に、よくそんなことをする気になったものだ。

 いつものKなら、5分と経たないうちに投げだしそうなものである。


「何やそれ! やる気ない方がええんか!」


 胸倉をつかまれて、俺は条件降伏した。


「違う! 違うって! 少し驚いただけだ! やる気はあった方がいい」


 いや、お前はやる気を出してくれると、俺は最初から信じていたとも。

 俺がせっかく譲歩してやったというのに、Kときたら一体どれだけ姑息なのだ。

 寛容さにつけ込んで、服従を要求するとは。


「やる気なくなるしー、ガチでなくなるしー」


 際限なく増長するK。

 俺は震える手をつき、人生二度目の土下座を敢行した。

 たとえ貴様が忘れようとも、俺はこの屈辱を忘れない。

 俺の前にひれ伏し、後悔するその日が来るまで、仮初の誉をせいぜい楽しんでおくがいい。


「Kよ、お前は俺がいない間にも、自分にできる努力を地道に続けていたんだな。なんと気高い、お前こそ真のデュエリストだ」


 フローリングをにらみながら、俺は声の限り叫んだ。

 一体何が悲しくて、コイツを賛美せねばならないのか。

 口の中に痺れが広がり、今にも舌がもげそうだ。


「同じ立場だったとして、俺にはそこまで頑張れるかどうか……お前の熱意を少しでも疑った、自分が恥ずかしい! 本当にすまなかった!」


 一呼吸してから漸く面を上げると、果たしてKは嘲笑を浮かべていた。

 畜生、お前も結局、あの可哀相女の姉妹という訳か。

 一時でも肩入れしたことは、わが人生最大の過ちとなろう。

 

「気が進まんのはバレバレやけどな。そこまで言うんやったら、まあ許したらんこともないわ」


 見当違いもいいところだが、言い争っていても埒が明かない。

 俺は鞄を机にかけ、カーペットの上に腰を下ろした。


「それで? 土単がどうしたって?」


 話を聞けば、わざわざ聞き返すのも馬鹿々々しいことだった。

 土単が大会で活躍しているのが、Kには珍しいのだ。


「お前な、八汐さんはちゃんと試合で勝ってるだろ」


 土単が少ないのは、京阪神に限っての話だ。

 他の地域では、トーナメントシーンでも散見されるれっきとしたメタデッキである。

 決して八汐さんは、信仰心または妄執で土単を使っているわけではない。

 充実した防御態勢と、立て直しがきくリソースの厚み。

 いつぞやの朝練で八汐さんが口にしていた現環境の要件とは、要するに土単の優位点のことなのだ。


「だが、土単には突破力がない。水木コンが除去重視になれば、攻めあぐねている間に制圧されてしまうだろうな」


 俺が土主体のコントロールに手を出さないのもそのためだ。

 後半戦、重カードの応酬になれば、水木コンに対抗することは難しい。

 対水木コンの勝率は、殴り切る能力の多寡にかかっている。


 どうせKのことだから、また押し問答になるのだろう。

 俺は半ば諦めて返事を待ったが、Kが見せたのは単なる理解にとどまらなかった。


「戦えてるんは、まだ水木がミラー優先しとるからか。それは速攻と一緒やな」


 これはKの台詞ではない。

 まともな脳みそが入ったカードゲーマーの台詞である。

 さっきと同じ迷宮に陥りかけて、俺は考え直した。

 実際に、これは他人の言葉なのかもしれない。

 今までレポートを漁っていたようだし、夕べも色々な記事を読ませたではないか。

 誰かの受け売りということは、十分に考えられる。

 ミラーなどという専門用語を、コイツが使うとは思えないしな。


「なんだよ、勉強の成果が出てるじゃないか」


 それにしても、理解が進んだことに間違いはない。

 俺は取りあえず、Kを褒めてやることにした。


「そのレポートに書いてあったのか?」

 

 それとなく確かめてみると、Kはなぜか首を振った。

 

「ちゃうちゃう、昨日Cタケがゆうてたやろ。水木は水木の相手で忙しいから、

あんまし他のデッキの相手ができひん、みたいな?」


 うろ覚えの知識を得意げに語るKに、俺は内心舌を巻いた。

 問題は、昨日の話を覚えていたことではないのだ。

 いい加減な連鎖推理とはいえ、体系的な思考が身につきつつある。

 昨日までのKなら、絶対に考えられなかったことだ。


「しかし、ミラーか。お前もカードゲーマーらしい言い方をするようになったな」


 これで少しは、先の希望が見えて来るというものだ。

 元よりデッキとプランは完璧なのだ、Kさえまともに機能すれば紗枝さんとも十分戦える。

 微かな手ごたえを握りしめ、俺は土単とのスパーリングを勧めようとした。

 

 ところが当のプレイヤーに、さっきまでの威勢が全くうかがえない。

 やる気どころか、いつの間にか真っ青になっている。


「そ、そんな……」


 俺は立ち上がり、震えるKを宥めすかした。


「何だ、何があった? 一体何が問題なんだ!」


 何か要らないことを思い出したのか。

 ミラー戦の自信がないのか。

 俺も気づいていない懸案事項があるのか。

 俺が見守る中、Kはがっくりと肩を落としたまま呟いた。


「オタク語や……ウチ、オタク語で話すようになってしもた!」

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