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なんて可哀相なのかしら! その4

 風に流れる金髪に、瑞々しい緑色のカチューシャ。

 何が躓くだ。

 準バニラのカウンターイコンではないか。

 淫売の肩透かしに、俺たちはめいめいに悪態をついた。


「何かと思ったら、カチューシャかよ」

「アニメイトするにも、もう手札0じゃん」

「今引きで出る? 強いカード」


 シンプルで使いやすく、定番の一枚ではあるのだが、この崖っぷちから救ってくれるカードではない。

 

「フォロア0発動、『肉球アニス』をカーナ」


 もう一枚の伏せカードは、案の定アニスだった。

 手札一枚、イコン一体でしっかり安全確保しつつ、Kはこのターンを終えた。

 子守歌がある限り、淫売のイコンが増えてもこちらの攻撃は直撃、次の攻撃で終わりだ。

 

「私のターン、ドロー。カードを一枚スタンバイ」


 そういえば、今日は久し振りに、八汐さんが来るそうだ。

 表に目をやると、いつの間にか薄い陰が差していた。

 初めて来たときといい、あの人は雨女なのかもしれないな。


「お姉ちゃんのスペルはないから、『おねだりマリー』のフォースアクトで2ドローしてお終い」


 ああ、終わった、終わった。

 しかし水のイコンはやはり貧弱だ。

 子守歌でステルス化してはいるが、高速化を進めるなら、土木に鞍替えした方がいいかもしれない。

 クレタを5枚積みすれば、最序盤は力押しできるだろう。

 問題は手札補充が戦利品頼みになってしまうことか。

 木のスペルが使えなくなっては本末転倒だ。

 やはりこのデッキはコメットと巴でもっている。


「うちのターン、ドロー……カードを一枚スタンバイ。『さすらいのコメット』でアニメイトして『まんまる尻尾のナージャ』カーナ」


 Kに睨み付けられても、淫売の笑顔は立ち退かない。

 ただ、目尻と口角が切れ込んでゆくだけだ。

 深く、鋭く、醜く、そして残忍に。

 小さな痺れが、背筋を駆け上がった。


 何がある。

 時間稼ぎ以外の、一体何が。

 考えるまでもなく、ナージャのエクスチェンジが発動する。

 俺たちが見守る中、淫売はゆっくりと手札を見せた。


「星の砂と……甘い香り……!」


 その手があったか。

 俺としたことが、パワーダウンの筋を忘れていた。

 金の速攻対策としては、ド定番のカードではないか。

 子守歌のステルスがかかっていても、あればかりは乗り越えられない。


「捨ててもらうで……『おしゃべりージェリー』を墓地から戻して、『甘い香り』は墓地行きや」


 助かった。

 助かったのは結構だが、Kめ。

 俺が見落としたカードを、ちゃっかりと捌きやがって。

 テーブル上のナージャを睨み、俺は舌打ちした。


「レン、お前スペルは?」


 手札を見せた今、たった一枚だけ、この場で正体不明のカード。

 マリーの隣に伏せられたカードからは、底知れぬ悪意がにじみ出ている。

 パステルカラーのカードカバーが、かえって不気味に見えるほどだ。


「このターンはパス」


 淫売の返事を受けて、Kの攻撃が始まった。


「『肉球アニス』で『おねだりマリー』をアタック」


 アニスの爪が、淫売の延命手段を断ち切った。

 盤上は既に4対1。

 Kの攻めは、いつになく堅実だ。


「『赤羽白の巴』で手札をクラック。左側のカードをもらうで」


 淫売が捨てたのは、さっき見せた星の砂。

 澄まし顔をしているが、内心相当追い詰められているに違いない。

 散々バカにした俺たちにあしらわれる淫売。

 実にいい気味ではないか。


「ターンエンドや」


 手札一枚を保険に残し、Kはターンを終えた。

 ここまで大差がついてしまっては、もはやゲームを続ける意味さえない。


「私のターン、ドロー。カードを一枚スタンバイし、『新緑のカチューシャ』のアニメイトで『おしゃべりジェリー』をカーナ」


 ターンエンド。

 淫売の悪あがきが終わった。


「うちのターン、ドロー。スタンバイするカードはなし。使うんか? スペルは」


 伏せカードは、裏向きのまま2ターンも放置されている。

 カウンターを当てるため、入らないカードを手札から追い出したと見るのが正解だろう。

 アキノリ達の間でも戦勝ムードが広がり、既に雑談が始まっている。

 ところが、淫売は試合を進めず、Kの顔を覗きこんだ。


「お姉ちゃん、さっきから、ずっと気にしてるよね。このスペル……ねえ、どうして?」


 突然Kを煽りだす淫売。

 いくら勝ち目がないとはいえ、人間ここまで見苦しくなれるものだろうか。

 永世中立国を決め込んでいたパラガスも、流石に顔を引きつらせる。


「憐さん、試合を続けて下さい」


 コイツがこんなに冷たい声で他人に命令しようとは。

 遠くの雷鳴が窓を震わせ、俺たちは大惨事に身構えた。

 この中で誰一人、本当に怒ったパラガスを見た者はいない。

 いつも仲裁ばかりで諍いとは縁のない男が。

 何を言われてもヘラヘラと笑っていられる男が。

 今、俺たちの前で、怒りを露わにしている。

 これはもう、何が起こってもおかしくない。


「ああ、分かっちゃった。お姉ちゃん、これが甘い香りだと思ってるんでしょ? 香りが出て来たら、ナージャ以外は動けなくなっちゃうもんね」


 パラガスを無視して、淫売は独演会を続けた。

 余りの険悪なムードに、心なしかDQNも肩身が狭そうに見える。


「せっかく頑張ってイコンを並べたのに動かなくなっちゃうなんて、お姉ちゃん、なんて可哀相なのかしら……何も出来ずに負けちゃうお姉ちゃん、なんて惨めで可哀相なのかしらぁ」


 何が「何も出来ずに」だ。

 完封されたのはそっちの方ではないか。

 淫売はうっとりと目を細め、薄気味悪い笑みを浮かべているが、たられば論で戦況は変わらない。



「そんなハッタリ、効く思とんのか……スペルがないならそれでええ、殴って終わりにしたる」


 Kはナージャに手を伸ばし、右に捻った。


「『まんまる尻尾のナージャ』、最後の手札にアタック!」


 変に長引いてしまったが、これで漸くケリが付く。

 後はアニスが殴って、それでお終いだ。

 俺が胸をなでおろしたその時、淫売は小さな声で嘲笑った。


「あーあ、踏んじゃった。可哀相に……『おしゃべりジェリー』のアニメイト、カウンター1。『甘い香り』を使わせてもらうね」

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