こんな勝負が出来るものとは! その8
「そう、僕が言いたかったのは、まさにそれなんだよ。Kさん、今のマッシュの話、どれくらい分かった?」
邪魔をするな、パラガス。
今ここでは、何かが起ころうとしているのだ。
環境を揺るがすほどの、いや、次の環境を決定するほどの何かが。
「全然。さっぱりや」
トリシャさんの手元では、着々とメモが増えている。
「殉教令」、「カウンター」、「エンリッチ」。
殉教令は、使った方が損をする難しいカードだ。
直接の足しにはならないこの一枚を、トリシャさんはどう使うのか。
「『殉教令』……あまり見ないカードですね」
トリシャさんのシャーペンは、殉教令からカウンターに矢印を引いた。
「敵も味方も、攻撃しかできなくなるスペルですよ。コントロールを崩す役には立ちますが……」
ガードできないから、使ったターン、相手の攻撃が素通りになる。
アニメイトできないから、返しのターンで大きなイコンを出せない。
そのまま使えば、それこそ損の塊なのだ。
「そこで呪詛返し、中でも『大地のアルファ』の出番という訳でオジャル。アルファは呪詛返しを持っているだけではなく、殉教令の下で一騎当千の活躍を見せるでノウ」
アルファの効果「エンリッチ」は、ペイした手札の価値を倍増させる。
アニメイト出来ない状況で、中コストのカードが使えるようになるのだ。
「でも、それで有利が取れます? 殉教令にせよアルファにせよ相手も条件は一緒なんだから、手札に相当差がないと……」
出した分だけ、こっちが損をする羽目になる。
強力なドロー効果をもつカード、それもカウンターのついた『宝探し』や『幸運のペリーダ』辺りが有力な候補だ。
俺の問いに答える代わりに、トリシャさんはメモを書き足した。
宝探し、ペリーダ、ヴィオラ、ドリー、砂時計、アルタ、エクレア。
コンセプトに沿ってはいるが、やや欲張り気味なのはトリシャさんの癖か。
「候補は大体こんなものか……コスト域は低めの方がいいな。アルファがいなくても動けるくらい」
トリシャさんは宙にペン先を泳がせ、それからヴィオラに丸をした。
「ヴィオラ、アルタ、ドリーにアルファまでが土台でオジャルな。4、2、3、4で既に13枚。殉教令4、宝探し3、ペリーダ3、ミステル2、エクレア1で26枚」
一度も試すことなく、空中で構築されてゆくデッキ。
流石というべきか、トリシャさんのバランス感覚には恐れ入る。
オフラインでこのレベルの話をしたのは、兄貴が上京して以来か。
「あと4枚か……いや、宝探しより『戦利品』の方が使いやすいですね。戦利品4、ユウナ2、茨の垣1では?」
ドロースペルの2枚看板、宝探しと戦利品。
宝探しにはカウンターが、戦利品にはフォロアが付いている。
殉教令の影響下では、防御に使えるのはカウンターとドローのみ。
戦局を安定させるには、宝探しはうってつけだ。
「戦利品……逃げ道など不要、背水の陣で挑めということでオジャルな」
しかしながら、どうしてもドローが必要な時、カウンターではアテにできない。
手札以外を選ぶことで相手がカウンターを躱してしまう怖れがあるのだ。
一方フォロアならば、こちらの思い通りに発動させることができる。
ドローを前提に、思いきったペイを連発できる。
「オイCタケ、勝手に話進めんなや」
動かさずともイメージできる。
これは勝つデッキだ。
自ら主導権を握り、敵を圧倒する力を持ち、そして環境を支配する。
俺とトリシャさん、二人の天才が起こした化学反応は、恐るべきモンスターを作りだしてしまった。
余りにも時代を先取りし過ぎて、第一線のデッキがロートルに見えてくる。
最早誰も俺達について来れない。
「お前らさっきから何の話してんねん。この話のジャンルは新喜劇やろ!」
ああ、遥か後方で、周回遅れの原人が吠えている。
どんなに声を搾ったところで、ここまで届くはずがない。
ここは時代の最先端、いや、全てを置き去りにした未来なのだ。
天才の世界に、領域に、階層に、凡人の立ち入る余地などあるものか。
「そう、俺が主人公のラブコメ『パーフェクト・マッチ!』は終わった! この物語は既に、俺達の偉業を後世に伝えるためのプロジェクトものなのだ!」
Kよ、お前には理解できないだろうな。
お前は半周遅れで思い知ればいい。
俺達が時代を変えてから、この予測が揺るがぬ事実となってから。
「誰がラブコメの主人公や! 顔と性格入れ直して出直さんかい!」
Kが振りかぶった直後、俺の体は宙を舞っていた。
ワックスのきいたフローリングに叩きつけられる、体。
痛い。
左の頬骨が鉛のように重い。
床に転がったまま呻いていると、トリシャさんが優しく抱き起こしてくれた。
「師匠! K、貴様一番弟子を名乗りながら、師匠にこのような無体を……ついに馬脚を現したでオジャルな!」
この期に及んでは、パラガスのでまかせも通じまい。
一番弟子どころか、忠実な俺の味方はトリシャさんを残すばかり。
パラガスたちの感覚はすっかり鈍化してしまい、俺がKに殴られても苦笑で誤魔化す有様だ。
大方、等身大ポップが風に倒されている程度に考えているのだろう。
後々俺に泣きついたとき、せいぜい後悔するがいい。
「一番弟子? アホぬかすなや」
コイツと意見が合うとは、珍しいこともあるものだ。
「主役はウチやろ! でもってソイツが小道具!」
Kめ、大会を番組にでも準えたつもりか。
薄々勘付いてはいたが、よもやここまで愚かだったとは。
「お前、まさかデッキを作ったら俺の役目は終わりだと思ってるんじゃないだろうな? 水木コンも使いこなせない素人の癖に、俺のお守りなしでなんとかなるとでも?」
同じ裏方でも、俺は小道具でも音響でもなければ、勿論照明でもない。
俺はいうなればディレクターだ。プロデューサーだ。
俺のキャスティングとシナリオ、そしてマネージメントがなければ、お前などおつとめ品の大根に過ぎん。
「何がお守りや! 好き勝手にややこしいデッキ作り腐って!」
ふざけるな。
バカでも使えるようにと思って、こっちも色々工夫しているのだ。
「殉教令を出した後は殴るだけだろ! これのどこがややこしいんだ!」
Kの知能の余りの貧しさに、頭がおかしくなりそうだ。
馬鹿なクライアントに振り回されるエンジニアも、日々こんな思いをしているに違いない。
俺が焼けついた溜息を絞り出すと、トリシャさんが口を挟んだ。
「師匠、速攻相手には殉教令を出さなくてもよいでオジャル」
トリシャさんも、学者肌というか一々細かい人である。
「ご尤もですけど、そんなのはプレイングスキルに入らないでしょ? 俺が言いたかったのはですね……そう、概ねデッキが動くのに任せておけばいいということなんです」
俺は一体何を慌てているのだ。
このプランを考えたのが、そもそもトリシャさんではないか。
「その点に異論はないでオジャル。とりあえずデッキを組んで、早速使わせてみるが良カロウ」
デッキの性能は、動かしてみなければ分からない。
俺やトリシャさんのレベルに達しても、それは同じことだ。
外すべきカード、入れるべきカード、苦手とする状況、そして他のデッキへの対処法。
数えきれないの試験運用を経て、デッキは完成する。
たとえ構成が変わらなかったとしても、蓄積されたノウハウがそのデッキの一部となるのだ。
「大体のカードはあると思うけど……クソッ、ヴィオラとミステルは今のデッキから抜くか」
タックルボックスを漁りながら、俺はデッキのパーツを揃えていった。
しまい込んでいた雑魚カードも含めて、軽く12,000枚強。
大抵のカードはあり合わせで事足りるが、手持ちのペリーダは二枚だけだ。
パラガスに頼んでシベルと交換してもらい、漸く30枚が揃った。
「パラガス、スパーリングも頼めるか? 速攻から中速、壁コン、除去まで」
いつも通り、パラガスは迷わずにOKした。
そこそこ弱くて、定番のデッキを一通り持っている。
凡そサンドバック、もといスパーリング相手として、パラガス程の適任者はいない。
自身は凡庸な男であるにも関わらず、俺の研究に貢献する栄誉に浴することができるとは。
実に幸運な男である。
「うーし、Cタケ、デッキ貸しや!」
流石のKも、自分専用のデッキにはそそるものがあるらしい。
俺の手からデッキをひったくり、Kは勢いよくシャッフルを始めた。




