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こんな勝負が出来るものとは! その6

 勝ってしまった。

 あの絶望的な状況から、限りなく0に近い、運命の糸を手繰って。


「流石師匠でオジャル! アンニン一匹からミステルの枝に繋いでしまうトハ!」


 何をどうやったかあまりよく覚えていないが、まあ無意識でも戦えてしまうものが、本物ということか。

 終わってみれば、当然の結果だ。

 俺がニワカの、それも女に負けるはずがない。

 寧ろあそこまで悪くなったことこそ、大事故というべきだろう。


「最後のカウンターには驚きました。てっきりステファニーを持っているものとばかり思っていましたよ」


 ああ、ステファニーはサーチしたから、八汐さんも知っていたのだ。

 俺はメガネを直し、不敵に笑った。


「別に大したことありませんよ。セオリー通りのプレイです。ただ、アンニンを使って一旦巴をリタイアさせるのは、ラディカルなインスピレーションが湧いちゃったっていうか……」


 そう、トーナメントシーンにおいては、咄嗟の判断が求められる。

 複雑な挙動のカードを即興で正しく導く、俺の超絶技巧。

 誰かさんにも、是非見習ってほしいものだ。

 

「さっきまで葬式みたいな顔しとった癖に、ようゆーわ」


 俺が目配せすると、Kは肘をついて視線を逃がした。

 不届き者め、俺の実力が証明されたのだ。少しは喜んだらどうなのだ。


「K、お前忘れてるだろ。俺が強くなかったら、困るのはお前だろうが」


 俺はテーブルに手をついて立ち上がり、Kに指を突きつけた。

 なんという完璧な正論。

 流石のKも歯を剥くばかりで、これには何も言い返えせなかった。

 なかったが、なんという野蛮人だ。

 そのまま指に噛みついてくるとは!


「よーゆうわ。あれ覚えー、これ覚えーばっかりで、全然デッキ作るそぶりもないやんけワレ!」


 畜生。

 Kが吐き出した指を、根ぶりながら、俺は非難の視線を送った。

 憐れな俺の指。

 あちこちが凹み、血が滲んだところと皮が剥がれたところがまだら模様になっている。


「アホか! 一通り覚えてスタイルが定まる前に、どうやって組めっていうんだ!」


 最近輪をかけて反抗的になったと思ったら、こんなことを考えていたとは。

 これでは真面目にやってるこっちが馬鹿みたいではないか。


「何が一通りや! そんなことゆーて、延々引き伸ばすんがバレバレやで!」


 お互いに一歩も譲らず、俺たちは額をかち合わせた。

 よくあることは確かだが、今日は妙に長くづづくな。


「K、何かおかしくないか?」


 そのままの格好で、俺はKに尋ねてみた。


「何かて……いつもやったら、もうパラガスが止めてるんちゃうか?」


 二人で同時に隣りを窺うと、パラガスたちは和気あいあいと談笑していた。

 偽善者どもめ。現実から目を背けて、自分たちの平和の中に逃げ込みやがって。


「2週間であんなに!? 半年以上練習している人のプレイでしたよ!」


 八汐さんは月並みに謙遜し、トリシャさんは肩を竦めた。

 

「八汐が強くなり過ぎて、最近はなかなか勝たせて貰えないでオジャル」


 俺は突っ込もうとしたが、Kに先を越されてしまった。


「止めんかい! パラガス!」


 俺が言うのもなんだが、ここの連中をこき使うのが随分と板についてきた。

 このままでは、いずれ俺の王国が乗っ取られてしまう。


「ごめんごめん、邪魔しちゃ悪いと思って」


 パラガスの理解が間違っているということを、ハッキリさせなくてはならない。

 俺は歩み出て、毅然とした、しかし理性的な態度で抗弁した。


「何が邪魔だ。冗談にしても少しはデリカシーを考えろ」


 Kが出入りするようになってから、妙にキザな台詞が増えた。

 パラガスが舞い上がって身の程を忘れたのか、かねてからの野望だったのかは本人にも分からない。

 

「これは失礼。じゃあちゃんと仲裁するけど、今のところマッシュは蛍さんにどんな傾向があると思ってる?」


 俺はKに一瞥をくれてから、対戦テーブルに戻り、カードを片付け始めた。

 いつの間に晴れてきたのか、窓から差し込んだ光が、カバーにぶつかり弾けている。


「無鉄砲というか、勝ち急ぎ過ぎる……俺のデッキを使いこなすには、まだまだ慎重さが足りないな」


 アンニンを拾い上げ、俺はため息をついた。

 今日の決め手になったカードだ。

 例えばKには、アンニンで出すカードを前提に必要な手札枚数を計算するようなことができない。

 カードを出し入れするテクニカルなデッキを使うには絶望的だ。


「じゃあ、ビートダウンとか、高コストのフィニッシャーを早出しするとか、そういう素直なデッキを組んでみたら?」


 すぐ大衆的な方向に持って行こうとするのは、パラガスの悪い癖だ。

 それではわざわざ俺が作る意味がないではないか。

 俺は苦言を呈そうとしたが、Kに猛烈な勢いで阻止されてしまった。


「ハイ! ハイ! ウチも簡単なデッキがええ!」


 これ見よがしに便乗しやがって。

 俺は肘をつき、壁に貼られたポスターを睨んだ。

 carnaクイーンズカップ、女性限定。

 こんな制限さえなければ、Kに足を引っ張られることもないというのに。


「そうやってて俺に半端なデッキを作らせて、負けた時は俺のせいにするんだろう。結果が目に見えてる」


 他人のせいで実力を遮られ、その結果で俺が評価される?

 ふざけるな。

 Kが謝るのを待っていると、前触れもなく首が絞まった。

 近い。

 厚化粧の上から、目の下にできたニキビの形が分かる。


「八汐さんのデッキとか、シンプルだけど強かったやろ!」


 それを言われると、いや、ネクタイが食い込んでグウの音も出ない。

 俺は全力で首を縦に振り、ようやく解放された。

 野蛮人め、やっぱりお前なんかと組んでいられるものか。


「マッシュさん、大丈夫ですか?」


 咳き込む俺の背中を、八汐さんは優しくさすってくれた。

 俺を脇で支える、細腕の力強さ。

 その力強さが、朧げな可能性を確信に変えた。


 これだ。これしかない。

 トリシャさんはデッキビルダーだが、八汐さんは見たところ純粋なアスリートタイプのプレイヤーだ。

 八汐さんなら、俺のデッキを完璧に使いこなしてくれるかもしれない。

 これでKなどと組む必要はなくなる。

 野蛮人とはおさらばだ。

 俺は咳き込みながら八汐さんに視線を送ったが、返ってきたのは徴兵令だった。

 

「マッシュさん、友人を疑ってはなりませんよ。蛍さんも蛍さんなりに、日々努力している筈です」


 誰か俺に抜け道を、輝く術を与えてくれ。

 テーブルに手をつき、俺は残った息を絞り出した。


「……そうだな。明日辺りからぼちぼち組んでいくか」

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