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キュウキュウニョリツリーッ!その4

「タノモー!」


 トリシャさんは一番乗りで『みすまる』に突入してしまった。

 色々な意味で、想定外の事態だったに違いない。

 中からはみんなのざわめきが聞こえて来る。

 続いて俺たちが顔を見せると、アキノリが駆け寄ってきた。


「タケ兄! どうしたんだよ、このレイヤーさん?」


 おそらく美少女というものに免疫がないのだろう。

 鼻の下が伸びきった一々癇に障る顔を、俺は憐れを込めて見つめた。


「さっき話とったストーカーや。式神がどうこう……」


 Kめ、余計なことを。

 俺は咄嗟に手を伸ばし、無理矢理Kの口を塞いだ。

 断じてこいつらに羨ましがらせるためではない。

 トリシャさんの名誉の為だ。


「この前話しただろ、俺のファンのトリシャさんだ。ついさっき、そこで出くわしてな。まだ日も高いことだし? 店までご案内して差し上げることにしたのだ……ネカマに引っかかったのだろうなどと言って現実派ぶっていたようだが、間違っていたのはお前の方だったな」


 俺は切りそろえた髪をかき上げ、溜息まじりに勝利を宣言した。

 Kの舌打ちが聞こえたような気がするが、俺の知ったことではない。


 「まあ女に縁のない憐れなお前からすれば、正真正銘にして金髪碧眼の美少女が俺に夢中だというこの紛れもない現実から目を背けたくなってしまうのも致し方のない事だ。今すぐ土下座して『馬鹿にしてすみませんでしたマッシュ様一生下僕としてお仕え致します』と言えばお下がりの一人や二人お前に回してやれないこともないぞ」


 例えばKとか。

 アキノリは跪き、屈辱に打ち震えながら上目遣いに俺を睨んだ。

 俺がKになめさせられた辛酸、お前も味わってみるがいい。

 睨み合いはしばらく続くかと思われたが、ここで横やりが入ってしまった。


「師匠、この者達もマッシュ流の徒弟にオジャルか?」


 残念、邪魔が入ってしまったか。

 だがまあ、これでアキノリも口を慎むことを覚えるだろう。

 

「この店の常連は皆、俺の門下です。流石にトリシャさんほどの才能を持つビルダーはいませんが」


 おまけにアキノリのような、生意気な奴ばかりだ。

 少しはトリシャさんを見習って、俺の才能に敬意を払ってはどうか。

 

「しかし皆、良い顔つきでオジャル。この店もいたく気に入りモウシタ。この格子窓といい、土壁といい、佇まいといい、禅の精神が満ちてオジャル。若者が切磋琢磨する場はヤハリこうでなくては」


 和風の内装を見渡し、トリシャさんは目を輝かせている。

 蕎麦屋のようで地味な『みすまる』も、青い目にはエキゾチックに映るのだろう。

 自分の趣味をべた褒めされ、マスターも相好を崩した。


「ありがとう。多少の無理をしてでも和風に拘った甲斐があったよ……お嬢さん、和食や着物にも興味があったりするのかい?」


 こんなにハイになったマスターは、今まで見たことがない。

 声が弾み過ぎて、年甲斐もなくスキップし始めるのではないかと不安になってしまう。

 もともと自慢にしていたのか、トリシャさんは腰に手を当ててふんぞり返った。


「着物にまでは手を出せなんだが、浴衣は一式揃えてオジャル!」


 そのとき、マスターの目がヘアゴムの蓮華に止まった。


「それ、ハスの花? ハスはね、実はウチにも置いてあるんだ」


 まさか。俺たちの視線は、一斉にショウケースへと注がれた。

 マスターのお宝、超高級加賀友禅プレイマット。

 あれは飾っておくだけの非売品ではなかったのか。

 どよめきを気にもせず、マスターはショウケースをの鍵を開け、プレイマットを取り出した。


「これも何かの縁だ。良かったら、これを使っておくれ」


 薄紫の地に咲いた蓮の花は、角度が変わる度に甘い光を放つ。

 太っ腹と言えば聞こえはいいが、老舗に特注した一品ものを手放すのはやりすぎだ。

 日本人はどうも日本文化に興味を示した外国人に甘すぎるきらいがある。


「タケ兄、その外人さん誰?」 

「すげー、閃光カグラみてー!」

「コウイチ君、なんでそんな古い……」

「お姉ちゃんなんで忍者の格好してるの?」


 マスターの太っ腹に謎の歓声が沸き立ち、対戦していたユキトたちもぞろぞろと集まってきた。


「これはもしや、浮世の穢れを祓い、神々に戦いを奉じる為に禁裏で用いられたという、『浄蓮池津五尺織(きよはのいけついさかおり)』! ……これを勝負に使えとナ?」


 細やかな染付を食い入るように見つめながら、トリシャさんは恐る恐る訊ねた。

 神通力があるとは思えないが、普通に売ったら生地だけで十数万はするだろう。


「プレイマットとはいえ染物だからね。僕みたいなオジサンが飾って喜んでいるより、女の子に使ってもらった方が作った人も嬉しいんじゃないかな」


 マスターは、最後の一言以外を華麗に聞き流すことに決めたらしい。

 トリシャさんは神妙に頷き、加賀友禅を掲げて大見得を切った。

 

「Ahhh~これにて舞台は~、ア、整いタリyhhh~! 小娘! いざ尋常に勝負でAihhh~オジャル!」


 フジサン・ゲイシャ・スモウ・カブキはジャパンの仇花。

 やたらとコブシを利かせてわざとらしく首を回すあたり、トリシャさんも伊達に日本かぶれをやってはいない。

 俺たちなどより、余程造詣が深そうだ。


「オラァ! どっからでもかかってこいや! ドサンピンが!」


 Kも負けじと巻き舌で怒鳴り返し、親指で対戦テーブルを指した。

 威勢がいいのは結構だが、ついさっき小学生相手に一回戦負けしたのを忘れた訳ではあるまいな。


「『ドサンピン』! 人が言うところは初めて聞いたでオジャル!」


 ヤクザネタに反応し、Kの挑発に目を輝かせるトリシャさん。

 何というツボの分かりやすい人だろう。

 容赦のないボケに出鼻をくじかれ、Kは調子が狂ったままトリシャさんに引っぱられる格好になってしまった。

 テーブルに授かったばかりの加賀友禅を敷き、早くもトリシャさんペースだ。


「新作『怨霊畑(おんりょうばた)』の力、とくと思い知るでオジャル」


 トリシャさんは右足のホルスターからデッキを取り出し、厳かにシャッフルし始めた。

 赤い五芒星の描かれたカバーが、禍々しい名前に説得力を与えている。


「二本先取け?」


 Kが訊ねると、トリシャさんは鼻で笑った。


「命を懸けた決闘に二本目三本目など無用。一本勝負でノウテハ」


 デッキを交換して、お互いもう一度シャッフル。

 真剣勝負にイカサマは許されない。


「事故って負けても言い訳すんなや」


 蓮華咲き乱れる薄紫マットの上で、二つのデッキが向かい合った。

 一番弟子の座をかけた、女同士の果し合いが始まろうとしている。

 モテる男は今のところ、体感として辛いというより面倒くさい。

 コイントスの結果先攻はトリシャさんに決まり、Kとしては幸先の悪いスタートだ。


「なあ、どっちが勝つと思う?」


 俺の質問に、パラガスはそのまま聞き返した。


「マッシュはどっちに勝って欲しい?」


 痛いところを突かれた。

 結局のところ、一番困るのはそこなのだ。 


「トリシャさんが勝って、Kを破門……無理だろうな。弱み握られてるし」


 それにKは、俺の教え方が悪かったなどと文句を言うに決まっている。

 いっそKが勝ってくれた方が、何事も無くて良いのかもしれない。


「タケ兄、トリシャさんが動いた!」


 世間話をする間に、2枚のカードが出ていた。

 順当に行くなら、イコン一枚、スペル一枚、Kのターンにスペルを使ってくるだろう。

 怨霊の正体や如何に。

 俺たちが見守る中、トリシャさんは手札を一枚捨て、右側のカードを裏返した。


「式神ちとせ、出で来て汝の同胞を養え! キュウキュウニョリツリーッ!」

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