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世の顔を見忘れたか?
「余の顔を見忘れたか?」
燐と響く。帝は神にも等しく、その神は自分の写し絵として帝を創った。だが今世ではその伝承すらも忘れられて、忘却の彼方だ。
彼女は目をパチクリさせ、首を横に振る。
「ごめんなさい」
と。まぁ想定内である。神である帝と龍の玉とも言われた貴女に文を交わしたのが前世でのこと。今日のように桃の花が薫っていた。憶えているはずもないか。彼女は龍の記憶もなく。
期待はしていない。貴女を追いかけた代償なら理解している。
「あ、あの?」
「ん?」
「なんだか、懐かしくて。この季節にお会いしたことがありますか?」
甘く薫る花弁が記憶を誘うか――せめて宿主が目覚めるまで、夢を見させてくれないか。
第62回Twitter300字SS参加作品
テーマ「余り」でした。