貴方を守る剣にさせてくれないか
こんな笑い方をする人だったんだなぁ、とビールジョッキを呷りながら思う。
学生の時は、高嶺の花というイメージだった。
クラスが一緒の時があって、その時は他愛も無い話をした気がする。
接点はなく、そこで終わった。
彼女には浮いた噂がいくつかあって、シーズンが変わる毎に、隣に居る男が変わる。悪い噂や言葉が流れたが、それすら僕にとっては、遠い世界のゴシップだった。
「植木君は、今なにしてるの?」
同窓会の二次会に流れて――。向かいあって、媛野と言葉を交わす。なんとなく出た話題から、今の現状を伝える。
「私ね、今、鍛冶屋をしてる」
予想外の言葉が飛び出て、僕は目を丸くした。確か彼女は魔術学院特進クラス選抜合格のはずだ。
「一応、。魔術師は目指したのよ? でもやっぱり、剣匠を諦められなくて。中退して、そこから師匠に弟子いりしてね」
照れ隠しのように笑いながら、そして顔をふせた。
「そんなイメージ、ないよね?」
「格好いいな」
「え?」
僕は、無思考のまま本能のまま、言葉が漏れた。
「格好いいと思う」
その指先を見やる。学生時代に見ていた白磁の肌とは程遠い、かさつき、火傷、傷が目立つ。
単純に僕はかっこいいと思ってしまった。ある意味、僕の人生はレールに敷かるがままに歩んできた。そんな自分とは違って、彼女は、そこから逸脱して自分を貫いて――と、彼女の両目から、涙がこぼれていて。
「え? え? 俺、なんか気に触ること言ったか?」
「おい英雄、お前、媛野をなに泣かせて――」
プチ大混乱である。
「ち、ちが、違うの。そうじゃないの」
慌てて、媛野は涙を拭くが、場のムードが重苦しい。
衝動的に。
僕は媛野の手を引いて、その場から抜け出したんだ。
「ふーん、お父さんとお母さんが結婚するキッカケって、意外に地味だね」
娘が少し白けた顔で言う。いや、どんなドラマチックな恋愛を期待しようとしているんだよ、君は。
「だって、世界を救った七英雄、最後の生き残りの一人と、剣匠の出会いでしょ。それは気になるって」
当の妻は、自慢の飛行船の操縦で、こちらの話なんか聞こえていない。それが、せめてもの救いかな。
「右手、左足は機工義肢で、人工心臓、龍の目の移植術。全部、お母さんがしたんだもんね。よく生きていたよね」
本当に、それ。
あ、君の耳が赤い。聞こえないふりをして、聞いていたらしい。
「なんてポロポーズしたの?」
彼女が、わざとらしく咳をする。
「お母さん風邪ひいたのかな?」
多分、ね。僕は小さく笑みながら、あの時の言葉を今度は娘に囁いた。
――君の打つ剣が僕を守ったように、君の一生を守る、僕をその剣にさせてくれないか。
――イヤよ。
――え?
――あのね。一緒に、守るって約束してくれなきゃ、イヤ。待っているだけはイヤ。置いていかれるのはイヤ。守られているだけはイヤだからね。
そうだね。
僕は小さく微笑む。
だから、今度も必ず帰ってくる。




