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龍神の祀り


祭囃子を聞きながら、私は歩く。喧騒と人の流れに翻弄されそうになりながらも、久々のニンゲンの呼吸を感じていた。


 ──モノズキダヨネ。

 ──モノズキ、モノズキ。

 ──ニンゲンのマツリにキョウミをモツナンテ。

 ──モトニンゲンダモノ、シカタナイヨ

 ──デモ、モノズキダヨ。


 勝手な妖達の言葉を聞き流す。彼女達はお喋りが大好きだ、他愛もない言葉が波紋を広げてて輪になり、そしてまた次の話題へ。それでも好奇心旺盛な彼らは、銀の粉を撒き散らしながら、お喋りに興じる。


 人が食べている綿あめや焼きそばを齧りながら


 ──まぁ、オイシイね。

 ──マァマァダネ。

 ──ハナノミツノホウガオイシイケドネ。


 そんなことを繰り返しながら。境内を抜けて階段の前で止まる。主より言われていたことだ。法に守られた区画の中で私は呼吸をすることができる。妖達はなおのこと。それ以上を踏み越えることはできない。なんて狭い世界でさか息がでかないんだろう。


 私はキツネのお面を手で触り、その狭い視界で彼を探す。


 階段の向こう側は視界が、色がはがれ落ちている。


 ──ソッチはダメダヨ。

 ──ゼッタイ、ダメダヨ。イッタラダメダメ。


 わかってる。私は小さく笑んだ。祭は祀り。


 ヒトデアルモノとヒトナラザルモノの境界の先で視界がボヤケた。分かっていたことだが、現実はこうも残酷だ。私はもうニンゲンではない、その現実を目の当たりにして。


 お前の魂は美しいな。

 主の言葉。


 ああ、何を言うのだろうか。銀の鱗で覆われた水龍である主にかなうはずもない。たかだが病で朽ちかけた童子に、ナニが美しいと言うのだろうか。


 ──汝の魂に惹かれた。汝を攫うが、その前に選択肢をやろう。


 月の欠けたの夜に、主と私は出会った。消えかけた命を銀の鱗が私を覆う。龍の血を盃で舐めながら、主は笑う。お前は本当に美しい、と。


 今でも意味が分からない。主の物好き加減が。


 ──龍ノ君ハ溺愛シテルカラネ。

 ──目ニイレテモ痛クナイホドニ。


 妖達の戯言を聞き逃しながら、主の言葉が耳につく。

 これが一目惚れなのだな。

 そうクツクツと笑みを零して。私になおその唇から龍の血を注ぎながら。あの時の主は微笑んでいたのが今でも鮮明に思い出される。


 ──時間ダヨ、時間。

 ──モウ、龍ノ君ノトコロへ帰ラナイト。

 ──ニンゲンニマダ、未練アルノ?


 妖達が心配そうに囁く。私にしか見えない銀の粉をその手で掬いながら、私は小さく笑んだ。


「私には主様しかいない。それは変わらない」

 と笑んで、付け加えた。「あなた達もね」


 そう銀の粉をさらに掬って。


「え? 姉ちゃん?」


 聞き覚えのある声に私は振り返った。

 

 

 

 

 

 

 

 




 

 花火が上がった。歓声が湧き上がったはずなのに無音に感じたのは、どうしてか。珪太は目をこする。

 狐のお面をかぶった少女はもういなかった。


「姉ちゃん、姉ちゃん! 姉ちゃん!」


 駆け出す。


「お、おい? 珪太?」


 慌てて、追いかけてくる悪友達を尻目に。難病で臥せっていた姉が忽然と姿を消したのが三年前。誘拐か自殺かと騒がれていたが、今や両親すらなかったことにしているようだった。


 姉は優しかった。難病で激痛が体を蝕んでいたはずなのに、自分に笑顔を向ける。あの時の姉と変わらない姿をした少女。息を切らしながら、彼女を探す。


 両親は言う。

 龍神様が攫ってくれたんだ。神様にあの子は隠されたの。


 何を言ってるんだ?

 息が切れる。


 姉ちゃん、姉ちゃん。ただあの少女を探しながら。自分の浴衣が乱れてなお。

 膝をつく。


 花火が上がる。何度も何度も、何度も何度も。それなのに視界が滲んで、何も見えない。

 生きていたらまた会えるだろうか?


「姉ちゃん……」


 バカだなぁ、と思う。姉ちゃんが元気だった時に、姉ちゃんのことが好きだって、もっと言ってあげればよかったのに。なに照れ臭くなって悪態ばかりついていたんだろう。


 花火があがる。そして消える。光り輝く。そしてなお、自分の顔が溢れる雫で情けない顔になっていることを自覚しながら。


 花火の光のに紛れて、銀の粉が雨のように刹那降り注いだのは、マボロシか──珪太が目をこすると、また花火が打ち上がった。



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