秘密の秘密
【第89回フリーワンライ】
お題:
秘密主義
フリーワンライ企画概要
http://privatter.net/p/271257
#深夜の真剣文字書き60分一本勝負
二十三世紀を目前に控えたころ、地球上をくまなく光ネットワークが覆っていた。あらゆる情報は瞬時に拡散、共有され、格差は存在しなくなっていた。
地球の内部は深海を貫いて核の中心まで。地球の外部は天の川銀河の隅々まで。ミクロに至っては遺伝子の創造も。
広大無辺とされた領域はことごとく暴かれた時代だった。謎という謎、神秘という神秘は駆逐され、消し去られ、哲学者と神学者と宗教家はまとめて職を失った。代わりに台頭したのはそれらを過去というくくりでパッケージングした歴史家だった。
後は概ね、高度に管理された社会の中で、現代の我々と大差ない生活を人々は送っている。
それはいつごろからか、密やかに、しかし新種のウィルスのごとく爆発的な広がりを見せていた。
鼻の前で人差し指を立てる姿。街角で、店先で、学校で、軒先で、その奇妙なポーズが見られるようになった。
「それはなんだい?」
「あら、知らないのね。じゃあ教えられないわ」
誰かが訊ねると、皆そう言って人差し指を立てた。訊ねた者も最初は首を傾げるばかりだが、しばらくすると訊ねた者も人差し指を立てるポーズを始めた。
やがてそれら人差し指の人々の数は、社会の中で無視出来ないレベルにまで達した。
中央情報局のオフィスで、男は唸り声を上げた。
「人差し指」についての捜査を命じられて半年、一向にその正体が掴めなかった。今日中に報告の一端でも上げなければ、専従捜査から外されることだろう。
年齢、性別、人種、国籍、思想、あらゆる項目を付き合わせても、手がかりにはならなかった。共通点はただ一つ。「人差し指」のみ。
なんらかの共通した意思があることは間違いないはずなのだが、どれだけ探ってもその片鱗も見付からなかった。彼らの仲間内に対する協調性、信頼性は並ではない。反面、一種異常なまでの秘密主義に徹している。歴史家に曰く、カルト宗教のそれのようだ。
それにも関わらず「人差し指」にはなんの信条も、信仰対象も外部から見る分にはなかった。大量の信徒――と敢えて呼ぶが――が会合を行う場所も、行っている様子もない。潜入調査をしようにも、潜入のしようがない。
現に「人差し指」はどこにでもいるのに、実態がまったくわからなかった。
男は溜息をついて頭を抱えた。ふと試しに、頭を抱えた手を鼻の前にやり、人差し指を立ててみる。
それはちょうど「内緒」を意味するジェスチャーのように思えた。
高度に情報化された社会、神秘の消え去った世界では、秘密や内緒といった類いのものは存在しないも同然だった。
「人差し指」の正体は幾重にも隠されて出て来ないのではなく、最初から存在しないのではないのか。存在しないものについて話すことは出来ないし、暴くことも不可能だ。
ただ「人差し指」をシンボルにした「秘密にする」という行為だけが存在しているに過ぎない。
そのことに気付いても、誰かに説明することなど出来ない。ただ黙って人差し指を立てるだけだ。
「報告書は出来たか?」
上司から催促されても、応えることは出来なかった。去って行く上司の背中に、男は黙って人差し指を立てた。
『秘密の秘密』了
実態の存在しないものをメインにした掴み所ののない話を作ろうと思ったんだが、掴み所がなさすぎてわけがわからないものになった。
秘密(神秘)という不安定ながらも安心の出来る寄る辺がないから、中身のない入れ物を作って共有することで代替してる、みたいな感じなんだけど。なんでそれを本編に書かなかった。