階段
何処行きかも知れない列車を降りますと、乗客は皆一斉に穴蔵のごとき下り階段を目指します。その時私はふと、遠くに沈む街の赤い光と夜空に砕かれた青い星屑を数片認めながら、気がついたのです。
なぜ人は階段を下れるのか。
昨今およそ知識人と呼ばれる人に要求されているのは、問いの建設法でありまして、この私の提起する問いは、丸はもらえずとも三角印は頂戴できるのではと思っていました。階段の始原に思いを馳せますと、それは暗闇を控えた洞窟だったことでしょう。階段を見下ろしながら、私は暗闇を飲んだ洞窟を想像し、つい先日読んだ差異と反復に関する論考を連想するなどしていました。
すると、もたもたしている私は後ろから突き落とされてしまいました。頭に傷を負いながら振り向くと、三日月のように細い眼をした女が、こちらを見下ろしていたのであります。