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おかしな転生プロジェクト  作者:
侯爵令嬢リオレッタ
9/12

7話 拳で解決

 霞がかった意識の中で誰かの話し声が聞こえた。

 うっすら目を開けると、慌てふためく侍女にキラキラがてきぱきと何かを指示している光景が見える。


(起きないと……)


 体を起こそうとして、手に触れたシーツの感触に、リオレッタはここが寝台の上であることに気がついた。どうやら気を失ってしまったらしい。


『……ねえ、あれからどれくらい時間経ったの?』


 リオレッタが尋ねると、キラキラがはじかれたように振り返り、安堵のため息を吐いた。


『気がついたのか。そんなには経っていない。今医者を呼びに行かせたから、大人しく寝てろよ』

『エドワードは……?』

『誤解したまま怒って行っちゃったよ……。でもあの王子、あんな風に怒るんだな。驚いた』


 キラキラはエドワードの本性を知らなかったのだろう。リオレッタもいくら知っていたとはいえ、エドワードの豹変っぷりを実際目の当たりにすると、まるで別人のようだと驚いたものだった。


『外面だけはいいやつだもん……ってそんな暢気なこと言ってる場合じゃない!』


 このままではお互いありもしない不貞の嫌疑をかけられてしまう。キラキラはセドリックの庇護下にあるからいかもしれないが、リオレッタはそうではないのだ。一応父という頼みの綱はあるにはある。しかし後のことを考えると、自分で何とかしたほうがマシと思えた。


『おい、じっとしてろって!』

『もう大丈夫。多分驚きすぎちゃっただけだって。ありがとね、ヨッシー!』


 そう言って寝台からでようとするリオレッタを、侍女が慌てて止めた。


「リオレッタさま! 寝ていらしてください!」

「大丈夫。それよりエドワードさまを探さなくては」


 リオレッタは侍女の制止を振り切り、部屋を飛び出した。

 エドワードの行く先など検討がまるでつかないので、リオレッタは道行く人に彼の所在を尋ねた。そうして行き着いた先が見晴台だった。

 エドワードはこちらに背を向け、城下を見下ろしていた。


「エドワードさま」


 リオレッタの呼びかけに、エドワードがゆっくりと振り返る。

 彼は一切の感情を消し去った顔でリオレッタを見返すだけだった。それでも彼の怒りがありありと伝わる。

 この人は心底に怒ったときは表情がなくなるのだなと、リオレッタは思った。

 これならばいつものように、瞬間湯沸かし器のごとく感情豊かに怒ってくれた方がましである。そのほうがリオレッタも遠慮なく言い返せるのだ。しかし父親のような静かな怒りは、リオレッタに緊張を招き、萎縮させた。

 そうして緊張しすぎた結果、


「エドワードさま、本当に逢引をしていたわけではありません! わたくしはエドワードさまとは違いますから!」


 余計な一言を付け足してしまうのだ。リオレッタの悪い癖である。


「貴様……私を怒らせに来たのか!」


 案の定エドワードは激怒した。そしてつかつかとリオレッタに迫って拳を振り上げる。

 リオレッタはとっさに身構え目を瞑った。


「っ!!」

「ぐっ!?」


 リオレッタの腕に衝撃が走る。

 その直後、エドワードが拳を押さえて悶えていた。


 こんなこともあろうかと、エドワード対策として前腕のみの特注ガントレットを身につけていたのだ。表面に凹凸があるので、これを殴ればものすごく痛いはずだ。ただしこちらにも衝撃がくるので痛いことにはかわりはないが、ただ殴られるよりもいくらかましである。


 エドワードが痛み悶える姿に、リオレッタは胸がすく思いがした。腕がだるくなるのを我慢し、所作にも気を配っていた甲斐があるというものだ。

 そしてこうなった暁には、この男に言ってやりたいことがあった。


「ふっ、人を殴ると自分も傷つくのですよ、エドワードさま」


 以前にどこかの漫画で読んだ名台詞だ。その先に続くもっと感動的な台詞があったはずなのだが、随分昔のことなので忘れてしまった。だがこの台詞を言えただけで、リオレッタとしては十分満足していた。


「これに懲りたら暴力に訴えるような真似はおやめ下さい」

「お前が、変な真似をするからだろう……」

「殴らなければいいのでは?」

「馬鹿か! お前が私に隠れて逢引をしていたことを言っているのだ!」

「だから逢引ではないと申し上げておりますのに……。わたくしは殿方とお話をすることすら許されないのですか?」

「二人きりと言うのが問題なのだ!」

「ではエドワードさまがなさっているように、エドワードさまの前でならよろしいのですか?」

「いいわけあるか!」


 つまり話すことも駄目なのか。どこまで自分本位なやつなんだろう。苛々したリオレッタは、今まで我慢していたことを思い切って口にした。


「でしたらエドワードさまもおやめくださいませ」

「……ふっ、はじめから素直にそう言えばいいものを」

「…………」


 むかつく奴が幸せそうにしてると腹が立つから見たくないだけです。ドヤ顔で言うエドワードに、リオレッタはそう言ってやりたくなった。まるでこちらが嫉妬してるように捉えているのだからたまらない。しかもエドワードの態度から察するに、嫉妬して欲しいが為に今まで見せつけていたようではないか。そう考えたらリオレッタは怒りで爆発しそうになった。

 これ以上こいつと話していると、本当に何かしてしまいそうだ。そうなる前に退散しなければ。

 リオレッタはエドワードの整った顔面に拳をめり込ませたい衝動を我慢して、無言で踵を返した。


「お、おい、待て! これを持っていけ!」

「え? わっ」


 これって何だ。と現金なリオレッタは反射的に振り返った。すると振り向きざまにエドワードが何かを放ったので、リオレッタは慌ててそれを受け取った。

 何かと思えばベルベットの小袋だ。中を開くと、意匠の凝らされた銀の指輪が入っていた。


「あの、これはどういうおつもりで? 下さるのですか?」


 この国では銀はまだあまり普及しておらず、とても貴重な品だった。そんなものを自分に渡すのは何故か。エドワードの意図が理解できず、リオレッタは不審に思った。

 するとエドワードは口を真一文字に結んだ後、何かに挑むような表情でリオレッタを睨んだ。


「そうだ。今日はお前の誕生日だろう……」


 エドワードの言葉に、リオレッタは目を瞬かせた。

 この国では神の誕生祭はあっても、個人の誕生日を祝う風習はなかったので、自分の誕生日のことなどすっかり忘れていたのだ。

 そういえば以前エドワードに対して、ちょっとした贈り物を添えて誕生日を祝ったことがあった。あの頃は仲良くなる切っ掛けがあればと思って、色々試行錯誤していたのだ。

 大方これは以前のお返しというところなのかもしれない。それにしたって、あのエドワードがこんなことをするとは。信じられない思いでリオレッタは呆然として呟いた。


「まあ…………それはありがとうございます」

「何だ、嬉しくないのか。銀だぞ」

「いえ、感動しております」


 リオレッタの言葉に、「そうだろうとも」と、満足げにエドワードは頷いた。

 尤もリオレッタは指輪に感動していたのではなく、こんな気遣いができるようになっていたのだなという思いからだったが。


(うーん。どうしよう)


 リオレッタはお返しをするか悩んだ。いくら以前にお祝いをしたからといって、こんな高価な物をもらいっぱなしというのは気がひける。それにエドワードも何かを期待したような目でこちらを見てくるのだ。

 仕方がない。リオレッタは渋々口を開いた。


「ええと……いいお酒があるのですが、召し上がりになりますか? ご都合が悪いようなら結構ですけど……」

「どうしてもと言うのなら行ってやろう」

「お忙しいようなので結構です。聞かなかったことにして下さいませ」

「本当に素直さの欠片もない女だな! 来い! お前の部屋に行くぞ!」


 そう言うなり、エドワードはリオレッタの手を取り強引に歩き出した。

 部屋に行くと言うことはつまりあれか。エドワードのことだから、可能性は無きにしも非ずだ。ぎょっとしたリオレッタは慌てて訂正した。


「わたくしの部屋ではなく、小鳥の間でお願い致します!」

「何故だ」

「わたくしが婚前交渉を嫌っているのはご存知ですよね? そういうわけで、わたくしの部屋にお通しすることはできません」


 初めては好きな人、と前世は夢見ていた。もちろん今でもその思いは変わらない。だから好きでもないエドワードとあれこれするのは極力避けたいのだ。ねちねちしていて気持ち悪そうだし。


 きっぱりと宣言するリオレッタに対して、エドワードは不服そうな顔つきで呟いた。


「……口付けぐらいはいいだろう?」


 やっぱり何かするつもりだったのか。リオレッタはげんなりしてつい本音を漏らしてしまった。


「絶対嫌です」

「何だと……!」

「駄目と言いたかったのです! いちいち怒らないでください!」


 こうしてリオレッタは面倒くさい思いをしながら、エドワードと共に小鳥の間へと向かったのだった。

ちょろい二人。

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