3話 ヤカン王子とキラキラ煌く主人公
立会人の下、リオレッタとエドワード王子の婚約式は滞りなく行われた。
初めて会うエドワードの容貌を、リオレッタはじっと見入った。二次元で想像していた容姿を現実にするとこうなるのか、という興味からだ。
エドワードは幼さの中に男らしさを漂わせる美少年だった。彼は今十五歳だ。もう少し成長すれば、精悍な体つきの青年になるだろう。
自分を見詰めるリオレッタに、エドワードが笑みを返す。邪気のない爽やかな笑顔は、彼を純粋で優しそうな人間に見せた。しかし、莉緒の考えた設定通りならば、この王子、とんでもない曲者である。
キャラクター設定はこうだ。勇猛果敢で外面のいい俺様王子。そして色情魔でもある。性格だけ見れば、結婚相手としては最悪だ。しかも、とリオレッタは冷めた心で思う。
(自分が考えたキャラと婚約なんて、狂ってるね)
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婚約式から二年が経ち、リオレッタは十四歳になっていた。
あれからリオレッタはエドワードとの仲が深まるよう努めた。いずれ死ぬにしても、その間はできれば楽しく過ごしたい。そういう思いからだ。
しかし奴は面倒くさい男だった。
距離を縮めようと思い、まずは趣味を知っておこうとしたリオレッタだったが、
「エドワードさまのご趣味はなんですか?」
「そんなことを聞いてどうする」
「……ご趣味が合えば、わたくしもエドワードさまとご一緒したいと思いまして」
「逢引だ」
「…………それは刺激的ですね。わたくしも経験してみたいです」
「お前とはしないぞ」
「別にエドワードさまとしたいなどとは思っておりません」
ムッとしたリオレッタは思わずそう返してしまい、エドワードを怒らせた。
「なんだと! お前、私と婚約しているくせに不貞を働く気か!」
不公平だ! そう思ったが、こちらが格下なので仕方がない。リオレッタはしぶしぶ謝った。
またある時などは、
「エドワードさま、遠乗りに行きませんか?」
「馬に乗るのか。私は人に乗るほうがいい」
「は?」
何言ってんの、こいつ。SM好き? などと考えているリオレッタに、エドワードはニヤニヤと笑う。
「ふっ、子供にはわからんだろうな。房事のことだ」
なるほど。ちょっと関心したリオレッタは、ケラケラ笑って話題を盛り上げようとした。下世話な話題なら望むところである。
「閨の事をそういう風にも仰るのですね。面白いです」
「何だ、動じない女だな。もしやお前、すでに経験があるのか!?」
「ありません」
「疑わしいな! 私が今から確かめてやろう!!」
怒り狂ったエドワードはそう言うなり、リオレッタの体を乱暴にまさぐり始めた。
いくら年頃で興味があるからといっても、婚前交渉はだめだ。爛れた妄想をする割に、意外にもリオレッタには貞操観念が備わっていた。
「ギャー!!」
「ぐふっ!?」
なので恐慌をきたしたリオレッタは恐怖の雄たけびをあげ、エドワードに金的を食らわせてしまった。
後日、事の顛末を聞いた侯爵からリオレッタはきついお仕置きを受けたのだった。
こんなやり取りが続き、面倒くさくなったリオレッタはエドワードと仲良くなることを諦めた。とにかく奴は沸点が低すぎる。手に負えない、と思ったのだ。
そして今、リオレッタの目の前にはとある光景が繰り広げられている。
エドワードに美少年の従僕、フェルナンがしな垂れかかっている。これが二次元世界であれば、リオレッタは我を忘れるほど興奮しただろう。しかし現実世界ではまったく萌えない。性別関係なく、リア充っぷりを見せ付けられても腹が立つだけだ。
内心の苛々を押し隠して、リオレッタはにこやかに笑った。
「それで、先生を下がらせてまで何の御用なのですか?」
「私がお前の勉強を見てやろうと思ってな」
「でしたらフェルナンを下がらせてください」
「それは出来ぬ。私の世話をする者がいなくなるではないか」
(世話ってなんだ! 下の世話か!!)
いちゃつきながら指導されても集中できない。邪魔しに来たとしか思えないエドワードに、リオレッタの語気も自然と荒くなる。
「わたくしの勉強など見てくださらなくて結構です!」
「ここ、間違ってるぞ」
指摘するエドワードの横で、従僕がくすりと笑う。堪忍袋の緒が切れたリオレッタは、盛大にため息をついて勉強道具を片付けた。
「おい、どこへ行く」
「気分転換の散歩です。付いてこないでください!」
付いてこようとするエドワードをあらかじめけん制し、眼前で扉をピシャリと閉めた。
そしてリオレッタは荒々しい足取りで中庭までくると、思い切り深呼吸をした。
(あーむかつく! 毎回とっかえひっかえべたべたと! 人前でやるな! 露出狂め!)
最近のエドワードの行動は、とにかくリオレッタの前でお気に入りの恋人といちゃつくことだ。かまって欲しいのかと思ったが、どうも違う気がする。こちらが怒るのを楽しんでいるふしがあるのだ。
たちの悪いやりかたに、リオレッタのストレスは溜まる一方だ。だからリオレッタはエドワードに対して会うたびにグーパンをかましている。もちろん想像の中で。そうでもしないと気が休まらなかった。
いずれ慣れるんだろうか。将来を思うとリオレッタは憂鬱になる。
(そういえばあの馬鹿にも聞かれたっけ……)
以前、エドワードに将来どうなりたいか、と聞かれたことがあった。あれは確か、エドワードに関わらなくなってからしばらく経った頃か。
リオレッタはエドワードとのやり取りに疲れていた。だから考えるのも面倒になって、自分も王子のようにモテモテになって人を侍らせたい、というようなことを冗談で言った。そして往復ビンタをかまされた。こんなDV男はどうやっても好きになれそうもない。
あの日のことを思い出し、リオレッタに更なる怒りがこみ上げる。それを解消するべく、目を閉じてエドワードをなぶる妄想をはじめた。
「リオレッタ、どうしたのだ?」
「わっ!」
すると、妄想に夢中になっていたリオレッタに声が掛かった。リオレッタは驚いてはしたなくも大声を上げてしまった。
目を開けた先には、王太子であるセドリックが不思議そうにリオレッタを見詰めていた。
「……あ、失礼いたしました。ごきげんよう、セドリックさま」
リオレッタは自分が出した大声に赤面して、慌てて礼をとった。そしてセドリックの後ろにつき従う少年に、目を見張った。
その少年は、リオレッタの理想とする美少年そのものだったのだ。手触りのよさそうな金髪に、青い瞳。中性的ではあるが、軟弱さは感じられず、目には鋭い光が宿っていた。
「ああ、彼はゲキカワ伯爵の子息で、キラキラ・ゲキカワだ。聞きしに勝る美しさだろう?」
目を奪われているリオレッタに気付き、セドリックが誇らしげに彼を紹介した。
リオレッタは驚き、口をあんぐりあけてしまった。名前の異様さに、ではなく知っている名前だったからだ。
彼は莉緒が考えに考えて創り出した、最愛の主人公だった。
かわいそうな名前の主人公登場