1話 ダークサイドな侯爵令嬢
かくして莉緒は転生した。自作小説「デスメタル★コンチェルト」の世界に、侯爵令嬢リオレッタ・アウトブレイク・ダークサイドとして。
よりによってこのキャラクターかよ、と四歳でようやく自我を取り戻したリオレッタは、デスを恨んだ。
リオレッタは王子の婚約者という位置付けではあるが、物語の冒頭で早々に退場するキャラクターだ。王子の老若男女に手をつけてしまう節操のなさを嘆き、思いつめたリオレッタは心中を決意するのだ。しかしリオレッタは失敗し、王子の手によって葬り去られてしまう。
序盤でさっさと退場してしまうキャラクターだけに、設定もいい加減だった。名前からして終わってる。容姿もまったく考えていなかった所為か、見た目は髪の色こそ違えど、幼い頃の莉緒とそっくりだった。
リオレッタは鏡に映った自身の姿を眺めて、可愛らしい顔を歪ませた。
(美人って書いておけばよかった。…………でも、これはこれでまーいっか)
結局リオレッタが思い悩んだのは数秒だけだった。元々楽観的だったせいもあり、死ぬといっても、王子を好きにならなければいいわけだし、楽勝じゃん。という考えに至ったのである。
そもそもこの転生はデスの嫌がらせなのだろう。転生直前にデスが放った言葉からして、推して知るべしだ。
デスの創り出したこの世界は、莉緒の想像していた中世ヨーロッパよりも、文明が進んでいないようだった。実家は白亜の豪邸などではなく、要塞のような城で、昼間でも薄暗く、火を灯せば獣臭さが鼻を付く。華やかさとはまったく無縁だったのだ。
こんなの自分が考えたデスコンの世界じゃない! と憤ったものの、適応能力の高かったリオレッタはすぐ馴染んでしまった。大自然に囲まれる暮らしは、思いの他楽しかったし、大人の女性が着ているコタルディという綺麗なラインのドレスはリオレッタの目を楽しませた。不衛生さには辟易したものの、せめて自分だけは清潔にするよう心がければ、どうということはなかった。
リオレッタは早くもデスに勝利したような気分になり、鏡に向かって年齢に似合わぬ悪い笑みを浮かべた。
『長生き上等! ざまーみろ、横暴鬼畜陰険眼鏡め!』
などと言った瞬間、鏡に矢が突き立ち、リオレッタは驚愕して腰を抜かした。
部屋には窓があるが、それほど大きくはないし、そこそこ高い場所にある。ついでに言えば、ここは二階だ。
(あいつの事を口に出して言うのはやめよう……)
と心に誓うリオレッタだった。
そのようなことがあったため、リオレッタは楽観的ではいられなくなった。デスの魔の手が襲い掛かってくるかもしれないと、日々を戦々恐々と過ごしていた。そのうえ、リオレッタが七歳になった頃、一番上の兄が暗殺され、流行病にかかって生死の境を彷徨ったりで、脅威はデスだけでないことを思い知らされると、恐怖はより増した。
しかし怖がってばかりもいられない。何とかしなくては。
とは思うものの、生憎リオレッタにはチートできるような知識などない。特技に至っては歌に輪ゴム回しだ。輪ゴムなんてないし、回したって何の役にも立たない。そして歌は娯楽でしかなかった。
結果リオレッタは自分を肉体的に鍛えることにした。何もしないよりはましである。
とりあえずは、子守係のリンジーに頼み込んでみたのだが――
「ねえ、リンジー。習い事を増やしたいのだけど」
「あら、まあどうしたんです。普段は習い事なんて嫌がるのに、珍しい」
「剣術か武術を習いたいの」
「馬鹿いっちゃいけません。それは男が習うものです。そんなことより、もっと女性としての教養を学ぶべきです」
「物騒な世の中だもの、女が習ったっていいと思うわ」
「だめです」
「そこを何とか!」
「……あんまりしつこいとムチで打ちますよ!」
と言いつつリンジーがムチを振り上げたので、リオレッタは颯爽と逃げ出した。
ここの大人たちは、何か間違ったり聞き分けがないとすぐムチで叩いてくるのだ。愛のムチなら少しは我慢できるが、物理攻撃は反射したい。リオレッタはこの世界の虐待教育に対して物申したい気持ちでいっぱいだった。
もっともそんなスパルタ教育のおかげで、リオレッタは七歳にして、前世の莉緒よりも少しだけ賢くなれたのだが。
リンジーがダメだったので、せめて木の棒を使って自己流で稽古をつけることにした――が、三日も持たなかった。やはり誰かに監督されていないと、リオレッタはすぐに怠けてしまう。
リオレッタは最後の手段にでた。父であるダークサイド侯爵に直訴することにしたのだ。
ダークサイド侯爵は、その名を体現したような強面で物静かな男性だった。ろくに交流もないので、いざ目の前にすると緊張したが、勇気を奮い起こして話しかけた。
「お父さま、大事なお話があります」
「何だ」
「わたくし剣術を習いたいのです」
「女のお前が何故?」
「女の身であっても剣術を習って損はありません。世の中は脅威に満ち溢れていますもの」
そしてリオレッタは涙を浮かべて滔々と続けた。
「それにお兄さまが暗殺された折に思いましたの。この手で大切な人を守ることができたら……と。護身のため、そして脅威を未然に防ぐためにも、どうかわたくしに剣術を習うことをお許しくださいませ!」
いくら交流が浅くとも、娘の涙ながらの訴えなのだから、きっと聞き入れてくれるはずだ。リオレッタは侯爵の様子を見守った。
「ふむ……」
ダークサイド侯爵は考えあぐねているようだった。好感触だ、とリオレッタは思い、自分の仕事ぶりに満足した。
程なくして、リオレッタは修道院に放り込まれた。