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偽りの絆

作者: 安西治

 俺は今日、清算のためだけに学校に来た。

 俺達の中学校は林間学校などというのを夏休みに開催してる。今日は夏休みの最中だけど、登校日とは違って明るいテンションの同級生どもが、校門の内側に停まってるマイクロバスの周りで話し込んでいた。誰もが手に着替えとかの荷物でパンパンにふくれたナップザックを持っている。

 それに比べれば俺は楽なもんだ。今日の林間学校は遠い所に住んでる親戚に不幸があったから欠席すると伝えてある。

 でも、俺はこれからもっと身軽になってみせる。主に気持ちの方をだけど。

 「岡崎、見送りに来たのか?」

 背後から班長の内田が声をかけてきた。

 「ああ、内田が言ってた自主的な歩み寄りってのをしようと思ってね。遠いと言っても新幹線使えば結構早く着くから、その前に済ませておこうと思ってね。」

 俺の学校生活は一ヶ月前のある出来事がきっかけで、とても窮屈だった。その時に声をかけてきてくれた内田への後ろめたさを隠しながら言った。まだだ・・・。もう少し、あと少し。

 「俺さ、結構お前の事心配してたんだぞ?」

 「わかってる」

 「そりゃ、お前が気にしてる事をからかってる連中だっているとは思うけどさ、それで雰囲気悪くするような態度取ってたら、何の解決にもならないと思わないか」

 内田の言いたい事はわかっちゃいるけど、それじゃ俺の気が済まない。このまま相槌を打っていたら、俺が今日来た理由が果たせなくなっちまう。

 内田の真剣な表情と言葉を止める為に、俺は爆弾を投げつけた。

 「実はさ、親戚に不幸があったってのな、あれ、嘘なんだ」

 「・・・え?」

 聞こえなかったのか理解できなかったかわからないけど、内田は下り階段を踏み外したような間抜けな顔をした。

 「嘘なんだよ。今日の林間学校、最初から出るつもりはなかったんだ」



 「どういうこと?」

 「わからない?俺はあいつらと一緒に外泊なんかしたくないって言ったんだよ。だから声を変えて担任の坂東に電話したんだよ。そうしたら『事情が事情だから仕方が無い』ってOKしてくれたよ」

 内田のあっけに取られた顔は、徐々に抗議の怒りに満ちた顔に変わっていった。

 「岡崎、どうしてそういうことするんだよ!?今のお前に必要なのは歩み寄りであって反抗的な態度じゃないって、さっきも言ったばかりじゃないか!」

 「じゃあ内田は俺がああいうことされてもヘラヘラしてろって言うのかよ!」

 明るい雰囲気をぶち壊す喧嘩の声に周りの視線が集まり始めた。それならそれで構わない。今日だからこそそうなって欲しいし、それこそが今日ここに来た理由。

 「なあ、お前ら一体何喧嘩してるんだよ」

 クラスの中で一番背が高い本田が割り込んできた。忘れるものか。こいつはプール開きの日に俺にあの言葉を投げつけやがった。まずはお前からだ。

 「ああ、本田か。実はな・・・」

 「今日の林間学校に俺が参加したら本田の言う通りになっちゃうから、親戚が死んだ事にしてズル休みをする事にしたって言ったら怒り出しちゃってさ」

 助けを求めるような内田を遮って真実をバラしてやった。俺の予想通りの反応が本田の顔に浮かび出した。

 「お前学校行事をズル休みしていいと思ってるのかよ!」

 本田の顔に浮かんだ怒り。普段の俺なら後ずさりそうな迫力があった。同じ顔で睨んでやる。俺の怒りは本田と同じくらい、あるいはそれ以上。

 「思ってるね。今日の林間学校、宮津川で泳ぐんだろ?水道水にも使ってる川で俺が泳いだらまずいんじゃないのか?」

 「誰がそんな事言ったんだよ?」

 「お前だよ」

 次の瞬間、俺のつま先が浮いていた。20センチぐらい俺より背が高い本田が俺の胸ぐらを掴んで持ち上げていたからだ。ここからが正念場だ。

 「調子に乗ってるとぶっ飛ばすぞ!」

 「やってみろよ」

 「おい、そこ何やってる!」

 今にも殴り合いが始まりそうなやばい雰囲気は、生活指導の長谷川の怒鳴り声で本田の舌打ちと共に収まった。ようやく足の裏が地面に下ろされてほっとした気持ちになったけど、またたき一つでその安心は怒りに取って代わられる。

 「お前、プール開きの日に俺に何て言ったか覚えてるか?」

 本田は相変わらず俺を睨んだままだったけど、やがて何かに思い当たったのか力が抜けたように鋭さが抜けていった。

 「まさか、あれ真に受けてるのか?冗談だろ」

 「言われた方が冗談で済ませてくれるって、誰が決めたんだよ!」

 クラスメートの視線がさっきのやり取りがきっかけになり、そこから少しづつ集まり始めている。その中の一人、気が強くて潔癖症の野間と目があった。怒りは屈辱の記憶を簡単に呼び覚ます。それを我慢するつもりは無い。むしろこの際だからちょうどいい機会だ。

 「おい野間!」

 「何よ」

 切れ長の目を出刃包丁みたいに鋭くして俺を見る野間。

 「6月の地理の授業の時、お前俺の隣の席にいたけど、あの事を坂東先生が話した時、真っ先に俺から机と椅子遠ざけたよな」

 「はぁ?何言ってんのあんた。男の被害妄想はみっともないわよ」

 野間は俺の言葉をこんなのボクシングのジャブだと言わんばかりに軽くあしらった。だけどこれで終わりじゃない。ジャブがダメならストレート。

 「みっともない?じゃあこれならどうだ。お前その日の昼休みに『岡崎君みたいな汚れちゃった人の子供産んだら、歪んだ形した子供になっちゃう』って友達とゲラゲラ笑いながら話してたじゃねえかよ。俺はっきり覚えてるからさ、知らないとは言わせねえぞっ!」

 「被害妄想の次は盗み聞き?」

 「わかんねえのかよ!周りがどれだけ騒がしくてもな、どうしてかはわからねえけど自分の名前は聞こえちまうんだよ。その名前でどういう話してるか気になったら盗み聞き?都合悪くなったらみっともないとか勝手なことばかり言うな!」

 野間のわき腹で西川が肘で小突いた。ほら、だから言ったじゃないーーそんな言葉が聞こえてきそうなやりとり。それを見ていた俺の背後から坂東の声がした。俺の担任にして、地理の担当。

 そして、この一件の元凶。



 「お前見送りに来たと思ったら、何をもめてるんだ?」

 何言ってるんだ、こうなったのはお前のせいだろーー言葉を飲み込んでから深く頭を下げて見せた。

 「すいません!今日の林間学校を欠席するために先生に嘘をついてました。」

 坂東は内田と同じように一瞬表情を失いながら、教師としての理性的な顔にすぐ戻っていた。

 「お前どうしてそういうことをするんだ?転入してから岡崎は同級生と距離置いて馴染もうとしなかったけど、最近は特に酷いじゃないか。この時期はな、同級生と仲良くする為にお前のある身寄りが必要だってわからないのか?」

 内田の言葉を坂東が繰り返す。そのやりとりを取り囲んで見つめ続けるクラスメート。そして、遠巻きながら少しだけど見ている何人かの他のクラスの奴ら。

 「でもそれは、先生が悪いんです」

 「・・・あの日の授業の事を言ってるのか?」

 「はい。俺も両親もあの事は内緒にしてくれってお願いしましたよね?」

 「確かに聞いたよ。でもあれはわざとじゃなくて口がすべったんだ。言った後に『しまった』と思ったけど後の祭りだったよ。申し訳ない。」

 後の祭りという言葉にどこか他人事めいた気持ちが見え隠れしていた。その感想が俺の怒りを燃え上がらせる。

 「後の祭り?先生が約束破ったせいで俺どうなったか知ってます?」

 「それは・・・、喧嘩腰の岡崎君にも問題があると先生は思うんだけどなあ」

 「喧嘩腰じゃなくて、俺にとっては喧嘩なんですよ。あんな事が無ければ俺はこんな学校に来てなかったし、約束を破られる事もなかったし、同級生から差別されることだって無かったんですよ!それも全部俺のせいですか?俺が福島で生まれたのも、俺が震災にあったのも、俺の父さんが仕事を失って上京したのも、先生に『福島から引っ越してきた事がばれると誤解やいじめを受けるかもしれないから、宮城から来た事にしてくれ』ってお願いしてた約束を破られるのも、全部俺が悪いって言うんですか?」

 坂東に言いたい事を一通り言った後、俺は周りを囲んでいたクラスメートに思いをぶちまけ始めた。

 「坂東先生が俺が福島から来た事を話した瞬間、俺の席から机と椅子離しやがって!その後ずうっと放射能に汚染されてるような扱いしてたよなあ。なあ?俺が避難区域から来たわけじゃないってはっきり言っても、馬鹿にしている時と同じようにヘラヘラ笑って何も聞いてくれなかったよなあ?坂東はプール開きの日に『放射能がこっちにうつるからプール入るな』って笑ってたし、お前らもそれで笑ってたよな?」

 クラスメートどもは顔を見合わせるだけだった。誰も謝罪を口にしようとしない。したところで許すつもりなんかないけど。

 「俺がネットで勉強した事をちゃんと話しても、放射能に汚染されてないって言っても、ちゃんと聞いてくれた奴がいるか?内田くらいだろ?」

 俺は心の中で内田に頭を下げた。俺の話を聞いてくれたのは嬉しかったけど、聞いてくれない奴があまりにも多かったから、笑う奴が多すぎたからこうするしかなかったんだ。だからお前のいう歩み寄りって奴はどうしてもできそうにない。ごめん。

 「だから俺はお前らの言うように、放射能うつさない為に林間学校欠席してやってるんだよ。どうだ?願いがかなって嬉しいだろ?嬉しいなら言ってみろよ。どうもありがとうってな!」

 そう言い終えて間もなく、クラスメートどもの雰囲気が変わり始めた。本田と野間にあれは言い過ぎたから謝った方がいいという同級生の言葉を、二人が同じような言葉で反発していたのだった。お前らだって楽しんでたくせに、こっち一人の責任にするな。反発はいつの間にか険悪になり、険悪は喧嘩にまでなってしまっていた。

 俺が見ているのは、震災より前から続いていて誰もが言わないこの世界の真実なのかもしれなかった。誰もが誰か一人を馬鹿にして、笑い者に仕立てあげて集団がまとまっているのかもしれない。でも、誰かが自分の責任を口にすることはない。何故なら、「みんながやっていることだから、やっていたことだからどうして自分一人だけが責められなきゃいけないんだ」。

 林間学校に行く前の雰囲気は怒鳴り声と責任のなすりつけあいでぶち壊しになってしまっていた。俺はそれを自分のせいだとは思わない。そういう意味じゃ、俺もあいつらも変わらない。

 「ごめん、内田はああやって言ってたけどさ、俺はああいう連中に歩み寄るなんてできないよ」

 そこには震災の後にテレビでしょっちゅう口にしていた絆なんかどこにもなかった。ただこの期に及んでわが身可愛さで相手を責める奴らがいるだけ。

 俺にとって予想外の展開とは言え、同級生の醜い争いをこれ以上付き合う必要なんかない。

 責任逃れに夢中になっているのを見計らって、俺は学校を後にした。

 散歩中の犬を連れた老人が俺とすれ違った。腰につけたラジオから、司会者が「絆」を口にしていたのを聞き、俺は声をあげて笑った。

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