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はじめての失恋だと五年後に気付いた

作者: 楠木和美

 ぼくは一つくしゃみをした。それに驚いた鳩たちは一斉に羽ばたいていった。

 公園の池のほとりにあるベンチに座り、ぼくはランドセルの中から丸めた画用紙を取り出した。広げると、そこにはぼくの顔が水彩絵具で描かれている。

「慎一君の絵を美術の宿題で描いたの」

 隣に住む優子お姉ちゃんが、そう言ってぼくにくれた。優子お姉ちゃんは中学二年生で、いつもポニーテールを揺らして笑っている。

 ぼくは優子お姉ちゃんと会うと、嬉しいけど恥ずかしくて、いつも困った顔になってしまう。画用紙の中のぼくも笑ってるのに困ってるような顔をしていた。

「ありがとう」と言っただけで耳まで熱くなって、体全部が心臓になったのかと思うくらいドキドキした。手は汗で濡れていた。

 ぼくは右目だけつぶって絵を見つめる。

 さっき優子お姉ちゃんがお揃いの制服を着た男の人と歩いていた。ぼくは電信柱の陰に隠れた。優子お姉ちゃんが少し背伸びをして二人は短いキスをした。ポニーテールがふわりと揺れた。そして、優子お姉ちゃんはいつもより百倍ステキな笑顔で「バイバイ」と男の人に言って手を振り、角を曲がった。

 ぼくはベンチから立ち上がる。

 池の水面はいくつもの凹凸をつくり、風の模様を映し出している。

「バイバイ」

 ぼくは、ぼくの絵を池に放る。銀杏の葉と一緒にゆっくりと舞い落ちていく。しばらく池の表面をゆっくりたゆたっていたけれど、風が吹くたびに水が画用紙の上に染みていった。絵具はゆっくりと流れ出して、困ったような笑顔のぼくは泣いているみたいになった。

 ランドセルを背負ったまま、じっと池の中を覗き込んでいると赤い鯉が跳ねて、ぼくは驚いた。

 しばらくするとぼくの絵は力尽きたように池に飲み込まれていった。水面には溶けた絵具が渦巻いていた。

 振り向くといつの間にか飛んでいった鳩は戻ってきて、ぼくの周りを囲んでいた。


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