第8話 大会Ⅳ
薫は猛の『俺の女』発言で顔が茹蛸ように真っ赤になって、しばらくは使い物になりそうもない。
一方、その場のノリで爆弾発言をした猛は不機嫌を露わにしていて、今にも殴りかかりそうだった。
「テ、テメェはディーラーズの的井猛!」
薫を拘束していた男がさっきまでの余裕が嘘のように動揺していた。
猛はある意味有名人であるため、こいつ等のような素行の悪い連中は知っていて当然だろう。
「ん?ああ、お前は去年潰した北湖んとこにいた野郎か。確かあ、い、さか…とか言ったか?」
意外にも猛はこの男―相坂と面識があるらしい。
猛がディーラーズ時代に潰したグループの残党か。そのことの報復か?
いや、相坂は猛を見て動揺していたということは、猛がここにいることが予想外だったってことだよな。
なら、こいつの目的は一体何なんだ?
四音が考え込んでいると、相坂が声を荒げた。
「なんでテメェがここにいんだよ、的井!」
「どうしたんスか相坂さん。ソイツがなんだって言うんスか?」
どうやら相坂の後ろにいる手下は猛のことを“知らない者”達らしい。
「何だ?今はお前が頭はってんのか?はっ。あの幹部連中にベッタリだった金魚のフンがねぇ…」
「おいおい、テメェ何様のつもりだよ?あんま相坂さんに失礼なこと言ってっと、その整った顔がグチャグチャにしちまうぞ。そんなことになったら、テメェの女からも見限られちまうぜ」
猛の挑発に乗ったのは、挑発された本人ではなく、相坂の取り巻き供だった。
「それともあれか?この女を痛めつけてやろうか?」
そう言って雑魚の一人が薫を指差した。
瞬間その場が凍りついた。
いや、実際に凍りついたわけではないが、そう思われるくらいの殺気がその場を満たしていた。
「とりあえず相坂、薫を放せ」
猛に睨まれた相坂達は、まさに蛇に睨まれた蛙状態になっていて、近づいてくる猛に対して後ずさることしか出来ずにいた。
相坂が動く度に無理矢理引っ張られる薫は左腕に走る激痛に顔を歪めていた。
はあ。まったく猛のヤツ頭に血が上って周りが見えなくなってやがる。ったく、しょうがねぇな。
そんな中、唯一冷静な四音が猛を落ち着かせるべく、猛に話し掛けた。
「おい猛。委員長を助けたいのは分かるが、まずは落ち着いて周りをよく見ろ。お前のせいで委員長が苦しんでるし、そのアホみたいな殺気で雪奈が怖がってるだろ」
猛は俺に言われてやっと冷静になって殺気を収めた。
俺は崩れかけた雪奈の体を支えてやった。
「大丈夫か?」
「う、うん。久しぶりだったから、少し驚いちゃっただけだから」
「そうか。良かった」
雪奈の顔は青くとても大丈夫そうには見えなかったが、今は自分より薫の方を優先しほしいかったので、やせ我慢をしていた。
「ちったぁ落ち着いたか、猛?」
俺は少し怒気を含ませた口調で聞いた。
「ああ。悪かった。頭に血が上ってた。サンキュー」
「はっ気にすんな。昨日のお礼だ。それに委員長を助けてぇのは何もお前だけじゃねんだからな」
「ああ。そうだな」
そう言って俺と猛は相坂達に向き直った。
相坂達はまだ猛の殺気が抜けていないようで、少し震えていた。
「まあとりあえず、いい加減薫を放せ」
そこに先ほどのような殺気はなかったが、静かな怒りは感じられる。
さっきのことを見ている相坂達に既に拒否権はなく、相坂は何とか体を動かして薫を解放した。
「おっと。大丈夫か?」
「うん。ありがとう」
急に支えが無くなってフラついた薫を猛はしっかりと抱きとめた。
二人の間には大分あまあまな空間が出来たいた。
「さて、お二人さん。イチャつくのはいいが、まずは目先の問題を解決してからにしないかい?」
俺の言葉に薫は顔を真っ赤にした。
「べ、別にイチャついてなんか…わ、私はあの、その…」
「ヒューヒュー青春だねぇ。何ならバックに花でも散らしてやろうか?」
「いらないわよ!それより目先の問題を解決するんでしょ!」
「おう。そうだったそうだった。で?どうするんだ、猛?」
「さて、どうするかな…」
猛はそう言って相坂達一人一人を睨み付けた。
おいおい、どうするとは聞いたが、やる気満々じゃねぇか。
「チッ帰るぞ、お前ら」
そう言って相坂達はそそくさとその場を立ち去った。帰るのか。まあ現状それが一番正しい判断だろうな。
すると、突然相坂が振り返った。
「覚えてろよ!」
「「「「…」」」」
最後に相坂が言い放った捨て台詞は完全に小物のそれだった。
「ん?お前らどうした?なんで固まってんだ?」
先生が来たのは相坂達が立ち去ってすぐのことだった。