第6話 大会Ⅱ
薫が一歩前にでると相手は手元を上げてしまった。気が付いたときにはもう遅い。まるで昨日の俺と薫やった最後の試合のようだった。
「コォォォテェェェェ!!!!」
「小手有り。勝負あり」
試合を終えた薫が先生と一緒に試合場の外に出る。
「お疲れさん。いやーさっきの試合すごかったな」
猛が面を外して雪奈からスポドリを受け取った薫に声をかけた。
「はあ。ありがとう。昨日の四音君との試合がためになったわ。雪奈ちゃん次は何試合後?」
「んー。しばらくあるから、今のうちに何か少し食べておいたら?試合が近くなったら、ボクが呼びに行くから♪」
「分かった。そうするわ。三試合前にお願いできる?」
「任せて♪」
猛はいつもと違う薫の背中を見送った。
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私が二階にある自分たちの荷物置き場に到着したとき、そこには先客がいた。
四音君はアップのときに着けていた防具を外し、タオルを顔にかけて、周りの目を気にする風もなく、気持ちよさそうに眠っていた。
私がそれを注意しようとすると、四音君は突然跳ね起きた。
「っ!ビックリさせないでよもー」
「はは。悪かったな」
「ちょっと詰めて」
「おう」
………
嫌な沈黙が私達の間に流れる。
「さっきの試合見てたぞ」
その言葉に私は少し身構える。
「どう…だった?」
「率直に言うと……その左手どうした?」
「…何のこと?」
「とぼけても無駄だ。昨日は何もなかったのに、アップから様子がおかしかった。それにさっきの試合だ。お前ほとんど右手だけで構えてるだろ」
「…」
「もう一度聞く。何があった?」
「…昨日部活が終わって家に帰って着替えてるときに、急にフラついて転んじゃって…そのとき変な風に手を突いちゃったみたいで、それで…」
「そうか。ちょっと見してみろ」
私は少し躊躇ったけど、観念して四音君の言葉に従って左手を差し出した。
私が出した左手を、四音君は少し強めに掴んで引き寄せた。
「っ!」
それだけで左手には今まで経験したことがない激痛が走った。
自分でも分かるくらいに顔色が青くなり、歯を食いしばって声が出るのを我慢する。
冷や汗も一気に噴き出してきた。
こんなんじゃ誰でも一目で無理をしていることが分かってしまう。
それを見た四音君は溜息を吐き私の目を見て、自分の見立てを伝えた。
「完全にヒビが入ってるな。次の試合は出ない方がいい」
「そんなことない!!こんなの全然平気だから!!何の問題もないから!!」
必死に弁明したが、叫ぶ度に左手に痛みが走る。
「随分痛そうに見えるけど?」
「うっ。だけど私が入賞しないと条件が…四音君強いけどいつも本気でやらないから、一回戦で負けちゃうんだもの」
「はあ。ちょっと貸せ。テーピング巻いてやる」
「止めないの?」
「まあ、次でお前の入賞が決まるからな。一試合くらい何とかなるだろ。先生達にも黙っといてやる」
「…ごめんなさい」
「気にすんな。ただし、一試合だけだ。それ以上はお前の選手生命に関わるだろうからな。お前だって二度と剣道ができないなんてイヤだろう?」
「うん…わかった」
「じゃあ、はいこれ弁当。俺はもう食ったから」
「ありがとう」
不安も痛みも消えなかったけど、試合に出れることに安心した私と不安百パーセントの四音君は、影で会話を聞いていた存在に気付けずにいた。
「へっ、いいコト聞いたぜ」
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。
また、しばらく投稿できそうにありません。