第33話 挨拶という儀式
「シオン!シオン!シオン!」
少女が俺の名前を呼んでいる。どうやら俺は少女に抱えられているようだ。妙に顔が近いのはそのせいだろう。
少女の目には涙が溜まっている。俺が何とか動く右手で涙を拭ってやると、少女は驚いて俺の顔を覗き込む。その顔にはまだ不安が見え隠れしている。
俺は今度こそ安心させるために少女の頬を撫で、名前を呼ぶ。
「……“チセ”」
その瞬間、少女の表情が固まる。少女はそのまま俺の体を乱暴に落として拳を固く握りしめた。
「どうしたんだ?“チセ”」
少女はそのまま握った拳を俺に振るってきた!
「チセって何処の女だーーーー」
メリメリッ!!
本来人体から鳴ってはいけない音が少女の拳と俺の顔面との接地面から聞こえてきた。もちろん音の発信源は俺の頭蓋骨だ。
「グフゥ!」
俺はそのまま吹っ飛んで壁にぶつかってようやく止まった。少女を見れば拳を思い切り振り切っていた。
「てめぇ、人が折角介抱してやってんのに他の女の名前を呼ぶたぁいい度胸してんな」
そう言う“ルカ”の顔には怒りで染まっていてもう不安はない。ただ、その眼だけはまだ赤く腫れていた。
「もうそんなこと言ってぇ。ルカちゃんあんなに心配してたのにぃ」
「ちょ、ルイは黙ってろ!」
ルカの顔には怒りとは別に赤くなっていた。
「生きているか?」
「ああ、今ので目が覚めた。ミッチーも無事で何よりだ。とりあえず起き上がるから手貸して」
俺は心配して様子を見に来てくれたミッチーが出してきた手を掴み引っ張り上げてもらった。
「状況は?」
「既に粗方終わっている。捕われていた者たちは彼女らに治療してもらってからそれぞれ帰っていった。あとは四音君にもう一仕事してもらえば、我々も家に帰れる」
起き上がりながらミッチーを確認する。外傷は見当たらない。神気を視る限り、精神や存在にも特に異常は無いようだ。
「そうか。じゃあ仕事の前にちょっとやることがある」
「手を貸すか?」
「そうだな。ちょっと歯ぁ食い縛れ」
「どうし!!」
俺は俺の全力をもってミッチーの顔を殴った。ミッチーの頭はまるでスイカのように割れた。もちろん成り上がりとは言え神であるミッチーはそのくらいじゃ死なない。すぐに再生するが、その表情は驚愕に満たされていた。
「いきなり何を!」
ミッチーが言い終わらない内にもう一発喰らわせる。今度は鳩尾だ。ミッチーの腹に大きな穴が開く。
そのあとも遠くで驚いているルイとルカを無視してミッチーを殴り続ける。いくら死なないとは言え痛覚はある。全身を抉られる痛みは想像を絶するものだろう。
俺はしばらく殴り続けた後、ミッチーの身体が再生するのを待った。周りはミッチーの血で真っ赤になっている。俺も返り血を浴びて18禁な状態だ。だが、そんなこと今は関係ない。俺は今これ以上ないくらい頭に来ている。その原因は当然ミッチーだ。
俺は身体が再生し溢れる痛みに耐えるミッチー睨み付ける。
「てめぇ、フザけんのも大概にしろよ。俺にも我慢の限界があるんだ」
「一体何だというのだ。私が何かしたか!」
ミッチーが痛みに耐えながら言葉を絞り出した。
「身に覚えがねぇってか?いいだろう。馬鹿なてめぇに教えてやる。てめぇ、今回のイザナギからの依頼成功させる気なんか無かっただろ。そもそもイザナギも成功させる気がないのを知ってて受けただろ?」
その言葉に僅かながらミッチーの身体が反応する。図星か。
「仕方ないだろ。成り上がりとはいえ私も神なのだ。イザナギ様の命令に背くことは許されない」
俺はその言葉で完全にキレた。さっきまで向けられていた敵意を引っ込め、今度は比べ物にならないほどの殺気をぶつけた。本来質量を持たないはずの殺気が物量を持ってミッチーに伸し掛かり、下の床には蜘蛛の巣状に罅が入っている。
俺は一歩ごとに殺気を強めミッチーに近づいていく。俺の目の前に来るころにはミッチーの体の半分が床にめり込んでいた。
「地に這い蹲る気分はどうだ?神」
それは自分でもビックリするくらい冷たい声だった。今すぐこいつをブン殴りたい。この感情を爆発させたい。
でも、駄目だ。今の俺がこの感情のまま力を振るえば、確実にミッチーはその存在ごと掻き消える。それは駄目だ。
「お前、俺の家を出る時に言ったよな?“いってくる”って。その意味分かってんのか?」
殺気を弱めて反応を見るが、何も言ってこない。
「お前はこの言葉を単なる挨拶にすぎないと軽く見ているようだが、それは間違いだ。“いってくる”ってぇのはな。待たせる者と待つ者との間に交わされる誓いの言葉だ。1度この言葉を口にしたら何があっても必ず待つ者の元へ帰ってこなくちゃいけないんだ。お前のような最初から帰ってくる気の無い奴が軽々しく使っていい言葉じゃねぇんだ!」
俺は意志を載せた拳でミッチーの頭を殴った。今度は殺してしまわないように加減して、だが拳に載せた意志がしっかりと伝わるように……
ミッチーが立ち上がる。顔を見る限り、俺の意志は伝わったようだな。
「四音君の気持ちはよく分かった。だが、私にも神としての立場がある。子供のように自らの感情だけで行動するわけにはいかないのだ」
「ハッお前は鳴海さんより神としての立場を取るのか。結局お前にとって鳴海さんはその程度の存在だったってことか。分かった。もう何も言わない。俺はこれで帰らせてもらう」
そういって背中を向けるが、そこに何かチリチリとしたものが当たる。慌ててその場から飛び退くと、さっきまでいたところに極太の雷が通り過ぎる。
「っぶねぇ。殺す気かよ」
「私の鳴海に対する愛は本物だ。他のものと比べることなどできない」
ミッチーの顔には怒り表情が張り付いている。こいつのこんな顔見たのは久しぶりだ。前に見たのはこいつと初めて会ったときか。
「そうは言っても、お前が鳴海さんを俺たちに任せてイザナギの命令を取ったのは事実だ」
「黙れ!」
ミッチーがさっきよりも出力の上がった雷を放ってくる。今度はかわしきれずに右腕が炭になる。それも一瞬で治る。
「お前がその気ならいくらでも相手してやるぜ!変化、独奏、迦具土!」
俺の髪と目が赤く染まり、室温が一気に上昇する。
「私がイザナギ様に従うのは日本の神として当然の義務だ。もし断れば、それこそ鳴海に被害が及ぶ可能性があった!従うしかなかったのだ!」
更に威力の上がった雷を、右手を振るった炎だけで相殺する。成り上がりの神と生粋の神とのスペックの差だ。
「従うしかなかった?そんなのはただの逃げだ!家族に危険があるならお前が死ぬ気で守ってやればいいだろ!」
「それは君が強いから言えることだ!私にそんな力は無い!」
「それが逃げだって言ってんだ!」
今度は俺から火球を投げる。ミッチーも雷で応戦するが俺の火球の方が強い。雷を押し切り爆発する。
「力が無きゃ守っちゃいけねぇのか?違うだろ!守るために力があるんだ!」
爆炎から枝状に飛んでくる雷に貫かれた四肢が炭化する。動きを封じられたところにプラズマが当たり、体の半分が消滅する。
煙から出てきたミッチーの身体は全身の皮膚が焼け爛れていた。それが小さな火花を出しながら元に戻る。その間に俺の身体も再生する。
「「はあ、はあ」」
お互い肩で息をしている。こんな激しい戦闘は久しぶりだ。そのせいで身体のあちこちにガタがきはじめた。そろそろ終わらせよう。
「閃け」
俺の左腕が金色に輝き始める。
「お前が家族を守れないのを神のせいにするような腑抜けなら、今ここで殺してやる。俺の左腕が掠りでもすれば、お前の存在は喰らわれる。いくら不死身の神とはいえ、存在がなくなれば死んだも同然だ」
俺はカグツチとの同調率を上げる。目と髪の色が赤から紅蓮に変わり、髪から火の粉が舞う。足元の床は俺から発せられる熱のせいで溶け始めた。
ミッチーは俺の足を止めようと雷を何本も放ってくるが、それらは全て俺の身体に触れる前に燃え尽きる。
このままでもいいが、いい加減面倒なので紅蓮の波で雷ごとミッチーを飲み込む。
倒れて動けなくなったミッチーの胸に左手をトンと乗せる。それだけでミッチーは動けなくなる。
「これでお前の憂いは全て無くなる。今まで世話になったな」
道真の体が金色の粒子で包まれる。
「喰らえ」
道真を包む輝きが一層増す。
俺の人間離れした聴力は、ミッチーが最後に鳴海、と呟くのを聞き逃さなかった。最後の言葉が自分の女とは上出来じゃねぇか。
そして輝きが収まったところにはミッチーが横たわっていた。それを足で小突く。
「おら、さっさと起きろ。身体に異常はねぇはずだ」
「ハッ私は四音君に殺されたはずでは……」
「アホ言ってねぇでさっさと起きろ。一仕事して帰るんだろ?」
「な、何故私は生きているんだ?」
ミッチーは猶も呆けた顔でこちらを見ている。
「そんなに死にたいなら殺してやるが、そんなことをしたら俺が鳴海さんに殺されちまう。だから、今お前の身に起こったことを説明してやろう」
今まで完全に蚊帳の外だったルイとルカも近づいてきた。
「確かに俺は菅原道真を殺した。だが、それは雷神菅原道真の神格だ。成り上がりのお前は神格を無くして、ただの人間に成り下がった。つまり、俺が殺したのは神としての菅原道真であって、人間のミッチーが生きているのは当然だ。しかも、ただの人間に成ったお前にイザナギや他の神々は下手に手出しできなくなるから、今後のお前や鳴海さんには何のお咎めもない。どうだ?恐れ入ったか?」
俺の華麗な作戦に言葉も出無いようだ。確かに途中キレたのはマジだが、そこから何とか軌道修正してここまで持ってきた俺の手腕は褒められたモンだろう。
「どうしてそんなことを?」
「言っただろ?力は守るためにあるって。俺は雪奈と家族を守るため以外にこの力を使わないって約束したんだ」
だから、表の社会の傭兵や研究員は殺さずにここまで来たんだ。そうしねぇと雪奈が悲しむからな。
「それに……これは俺からの婚約祝いだ。なんやかんやでミッチーには世話になったからな。その恩返しだよ。これからは人間として愛するものと同じ時をの流れの中で生きていくんだ」
「君は、何というか……凄いな」
「何だよ突然?」
「いや、前から凄いとは思っていたが、今回のことで再認識したというか、認識を改められたというか。とにかく私なんかでは君には一生かかっても勝てないだろう」
「当たり前だ。そう簡単に負けてたまるか。それでどうだ?俺はお前から受けた恩を返すことが出来たか?」
ミッチーは1度目を見開いたあと、小さく微笑んで言った。
「お釣りがくるほどだ。四音君には感謝してもしきれない。ありがとう」
「フン!ならその釣りは取っとけ。さっさと仕事を終わらせて帰るぞ」
「ああ、そうしよう」
そして俺たちはミッチーの案内で更に地下の階へと降りて行った。
人物紹介
的井猛
本作のメインキャラの1人。陰陽師の家系に生まれその力を最も強く受け継いだ存在で、その力は日本の魔術・呪術関係者のトップに立つ父親を遥かに凌ぎ鬼才と呼ばれている。だが、その才能ゆえに将来を周りに決められることを嫌い次第に荒れていった。そんな中、最強にして最恐のディーラーズのヘッドに収まってからは仲間に恵まれ、無暗に暴力を振るわず力を向ける相手を選ぶようになった。幼馴染で荒んでいた時も常に寄り添ってくれていた薫に強い感謝と好意を持っている。相坂組の一件以来付き合い始めたからは周りが呆れるほどのバカップルぶり。
戦闘では、不良時代の喧嘩で培った徒手空拳を主としていてその実力は人外相手でも十分に渡り合えるほどである。また、覚醒者の能力と得意の呪術を併用すればその実力は四音と肩を並べる。
覚醒者――支配者――想い:向上心、対象:自分自身
自然界に存在する気、あるいは魔力・呪力といったものを操ることが出来る。この能力のおかげで元から強い呪術が更に強化され普通の呪術師では出来ないような現象を起こすことが出来る。
呪術師――片手印――
猛が持つ鬼才に付けられた二つ名であり能力。本来、呪術を使う場合は祝詞を唱えるか両手で印を結ぶのだが、猛は片手で印を結ぶことが出来る。そのおかげで同時に2つの呪術を発動したり複合技を使うことが出来る。
次回は雪奈を紹介します。




